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4 min read Updated Sep 22, 2026

まさに霊峰・氷点下の富士は別世界

登山者がテントを背負い、数日かけて山頂まで到達するような険峻は、私の生活とは関わりのないものだと思い込んでいました。 日本一の標高を誇る富士山はその最たる例で、せいぜいが遠くから眺めるぐらいの存在としか意識したことはありません。 そんな世俗の世界から遠く離れた神域を訪れる事になったのは、前日までは予想もしていなかった偶然の巡り合わせの産物です。

香取神社(墨田区)の梅まつり

ところが富士の裾野では到着前から積雪注意の案内看板があちこちに設置され、午後1時過ぎに到達した際のスタート地点の外気温は僅か2℃。 恐ろしい事には、このスタート地点の標高は僅か600mにも満たないのです。 気温も別世界であれば、坂の長さも他の山々とは一線を画します。私たちは富士宮市の篠坂交差点から富士スカイラインへと入り (富士宮側) 五合目を目指したのですが、この登り坂がとにかく長いのです。 斜度9%が頻繁に現れる急勾配が休みなしに9kmも続きます。 登りきった先でも平坦になるわけではなく、ただ斜度が緩むだけであり、登り坂が続く事に変わりはありません。 標高650mから1000mに至る九十九折を抜けた先に見えるのは絶景...ではなく、どこまでも続いていきそうな長い登り坂です。 目指す先は3000m級の本物の高山である以上、1000m程度を登ったところで終わりが見えないのも当然ではあるのですが。 こうした景色は同じく3000m級の合歓山で見たことがありますが、合歓山に至る太魯閣峡谷と富士山との大きな違いは、合歓山を含む台湾中央山脈が連山なのに対して富士山が独立峰である事です。 言い換えますと高い山の連なる峡谷のヒルクライムと比較して、単峰のヒルクライムでは目指す先との距離 (標高差) や山体の大きさ、裾野の広さを常に意識させられる訳です。 そこで感じたのは富士山の神々しさ、圧倒的な大きさと人を寄せ付けない険しさです。 到達した地点の標高は同じであっても、富士山の場合には風の強さや坂の長さから山頂に至るまでの距離感をより強く感じさせられます。 そのヒルクライムも残念ながら、完遂することなく突如として終わりを迎える事になります。 標高の上昇と供に徐々に路面を覆う面積の増えていく積雪が、ある地点から完全に舗装路を覆うようになります。 こうなると登りも危険ですが、下り坂では命の保証はありません。 この辺りが引き時という事で意見が一致したので、折り返して下山する事に決まります。

ほんの偶然から訪れる事になった富士ですが、一部だけでも身をもって体験する事でそのヒルクライムの困難さを十分に感じさせてくれました。
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