自分自身をブランド化するのに役立つかもしれない『ブランドづくりの教科書』とその著者への疑問

虎ノ門の某所での打ち合わせの際、時間調整のために立ち寄った書店に平積みされていた本書。

普段は技術書と数学書しか読まないところ、人の興味を掻き立てる文章の巧みさと前書き部分の面白さに惹かれて、思わず購入してしまいました。

「強いブランド」は成り行き任せではなく意識してつくりあげるものという本書の趣旨は一貫していて、ブランドの持つ価値からブランドを構築するための具体的な試みを分析と実践経験をもとに簡潔に述べていきます。

第一印象で感じた通り、文章がとても上手くて分かりやすいので、流れるように気持ち良く読み切れます。

それだけに数字やグラフの扱いが気になって、著者の主張に全く集中できない点が残念でなりません。



小さな会社を強くする ブランドづくりの教科書


気になるグラフの一例として「自社商品のブランド力の強さ」と「業況」との相関を示すグラフ 図2-1 (pp.55) を引用します。

このグラフでは横軸にブランド力の強さ、縦軸に業況をとるのですが、よく見てみると横軸 (ブランド力の強さ) が


違う, やや違う, どちらとも言えない, ややそのとおり, そのとおり


という5段階の尺度をとるのに対して、縦軸 (業況) には


2.25, 2.50, 2.75, 3.00, 3.25


といった得体の知れない目盛線が引かれています。

この数値についての説明は本文中にはないので「これは一体何なのか」と思いながら、章末までページを捲って注記 (pp.62) を参照してみると


好調, やや好調, 停滞, やや不振, 不振


の5段階で「業況」を測定したものとしています。

つまり Likert scale (本書中の表記はポイントスケール) を利用したアンケートの集計結果なのですが、どの回答数がどの数値に対応しているのかについての説明はありません。

以降も著者が行なったアンケートの集計結果を対象とした統計分析を用いて主張の補強がなされるのですが、私などはその変数はただの質的データ (順序尺度) では?と反射的にグラフの方に目が行って主張に集中できなくなります。

気になったので調べてみたところ、順序尺度の離散変数を間隔尺度の連続変数と見做せるという主張もあること (私にはその主張の数学的な根拠が見出せませんが) や Spearman’s rank correlation coefficient 以外にも Polychoric correlation とその特殊な場合の Tetrachoric correlation など順序尺度間の相関分析手法もあるらしいことが分かりました。

そこで振り返って本書を見ても、どの手法を使って何を分析しているのか、著者が思っているほどに分析結果が「明らかである」かどうかは疑問です。

曲がりなりにもデータ解析業務を経験したことのある私としては、アンケートの回答結果だけを見ても調査方法の自由記述回答の表記揺れ、曖昧な測定尺度 (上記の「停滞」と「やや不振」など) 、地域や年齢や性別の偏りなど、データについてどのように対処しているのか気になる点が無数に確認されます。

他の数字やグラフ、分析手法の一部についても同様です。




本書の著者は上智大学大学院の博士後期課程にて単位認定を得た研究者であり、静岡県立大学の教授でもあります。

その著者が自ら「普遍性とリアリティを追求している」ことを特徴として掲げ「教科書」というタイトルで出版しているのですから、本書の2本の柱の1つを成している統計分析についても

間違いのない内容であることを読者自身が検証確認でき、分析過程や結果を再現でき、追従実験を実施できるようにすることは考えつかなかったのか

とお金を出して購入した読者としては強く思います。

出版社も日本を代表する経済紙と言われる日経新聞社であり、その専門紙の編集者もついていながら、更に言えば一流企業が集まる赤坂虎ノ門に位置する書店で平積みされるほど売れているはずなのに、(私の手にした)4刷の発刊まで誰も指摘しなかったのだろうかとさえ思います。

それだけの内容であれば敢えて言及する必要もないのですが、本書に着目している理由は、もう1つの柱である実践経験の内容が有意義だと感じられるからです。

著者も関わっているトマトのブランド化において、何を目指して、何を行い、どのように収益を上げたのか、当事者だからこそ語れる言葉には無駄がなく、実際的で役に立つ発想が詰まっています。

ブランディングに欠かせない要素を列挙した書物は多々ありますが、自ら創意工夫を行なってブランドを確立することは誰にでもできることではなく、その経験に裏打ちされた本書の内容には思わず「なるほど」と唸らされてしまいます。

そうした現実の創意工夫を伝える文章が巧みで頭に入ってきやすいことも手伝って、読んでいるうちから自分の立場に置き換えて、自社の商品や自分自身にはどのように応用できるのかと想像が膨らみます。

読んでいるうちから、自社商品を、または自分自身をブランド化するにはどうすれば良いのかと意図せず、自然に考えて出してしまうのです。

本書の執筆時に行なった調査結果を匿名化してデータセットとして公開したり、アンケート内容を付録として巻末に添付しないのであれば ( ※ 統計やデータ分析に関連する出版物においては珍しいことではありません ) 、むしろ、こちらの実践の方を充実させて他の事例や失敗経験などについても詳しく書いて欲しかったと思えるぐらい、現場の取り組みがありありと想像できます。

必要に応じて何度も読み返せるように簡潔であることも大事ですが、もっと事例があれば応用できそうな対象も拡がるのにと思わせるところが少しだけ惜しいです。

私のようにグラフや数字の意味を追いかけなければ、数時間で読み切れる分量なので書店で見かけたら手にとってご覧になられたら、何かの役に立つかも知れません。

現像ソフトを買う前に読むべき『RAW現像の教科書』

カメラや写真に関心をもって調べていると「RAWで撮影」「RAW現像」といった表現を耳にする事があります。

何となく凄そうには思えるものの、敷居が高く感じられてしまい、自身では触れてみた事のない人も多いのではないでしょうか。

最近の一眼レフやコンデジが写し出すJPEG形式の画像も十分にきれいなので、その必要性も直感的に把握できないかもしれません。

まさにそんな人に向けて書かれた最初の入門書が『RAW現像の教科書 (以下、本書)』です。



RAW現像の教科書


本書は「RAW画像とは何か?」に始まり、その画像データとしての特徴、それを編集する現像ソフト、できる事とできない事について導入部で簡潔な説明を行い、第1章から第5章まで具体的な目的設定に応じた編集過程と注意点について解説します。

情報量としては、私でも1日で全ての章を読み切れるぐらいの分量ですが、自分で編集過程を再現して習得するには数週間から数ヶ月ほどの時間が必要という印象を受けました。

一見すると内容が少なそうに感じるかもしれません。しかし、RAW現像ソフトごとの相違点やヒストグラムの読み方、トーンカーブの使い方など、実践的で役立つ情報が豊富に掲載されており、これだけでも有用性が高いです。

また本書の特徴として特定のソフトウェアに依存していないので、RAW現像の普遍的な考え方を学び、自分の目的に適したRAW現像ソフトを選ぶという視点を持つ事ができるようになります。




実際に私は本書を読むまで Adobe Photoshop Lightroom 以外のソフトウェアがある事も、それらにどのような違いがあるのかも知りませんでした。

2017年現在、日本語の関連書籍の多くがこのソフトウェアの使用を前提としていますが、どうしてそうなっているのか (カメラやレンズメーカーを問わず使用できる・ユーザー数が多い等)、自分にとって積極的に選ぶメリットはあるのかなどを検討するための一助となります。



Adobe Photoshop Lightroom 6(写真現像ソフト)|ダウンロード版|Windows版


特定のソフトウェアに依存していない分、本書にはソフトウェアの細かな操作方法などは書かれていません。

加えて露出補正やシャッタースピード、ピント範囲などのカメラ側の設定は、ほぼ省略されていますので、不明瞭な点がある場合には 写真の腕がメキメキ上がる露出決定50の掟 (玄光社MOOK 50の掟シリーズ) などの他の書籍で知識を得てから読むと間違いがありません。

「撮影時に (カメラ側で) できることはすべて実行して」と書かれているように、最後の仕上げとして意図した通りに画像を補正してあげるのがRAW現像だという事が本書を読むと良く分かりますので、しっかりとした撮影を行う事が重要なのはRAW現像でも変わるところはありません。

何となく凄そうだけど、何をしているのか不明瞭だったRAW現像で何が実現でき、何の作業をして、どのように写真が変化するのかを把握する事できる本書は、RAW現像に興味がある人、これから挑戦しようと考えている人にこそお勧めです。

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「良い」写真を知って撮影技術を上達させよう – プロカメラマンの頭の中を覗け

数学の教科書を眺めて『何を言っているのかさっぱり分からない』という感想を抱いた経験は誰にでも一度はある事ではないでしょうか。

与えられた計算式が (次に変換されるべき過程をいくつか飛ばして) いきなり別物に変わっていたり、何を意図しているのか不明瞭な計算が唐突に始まったり、著者の意図するところが理解できません。

そんな場面に限って『自明である』として省略されている事も多く、読んでいて

イラッ

とするものですが、写真技術やカメラ関係の書籍を読んでいると同様の感想を抱く場面に少なからず遭遇します。

シズル感など聞いた事すらない存在が表現されているとされたり、『躍動感が伝わる』といった類の根拠の提示されない断定表現が頻出する為です。

そうした表現に付随する写真作例が効果的であれば説得力がありますが、『幻想的』や『雰囲気』とただでさえ抽象的なものに効果的とは思えない作例が組み合わさると、著者一人がそう思っているだけではないのかという気分になります。

数学 (の少なくとも大学までの教科書で扱う範囲内) であれば、何かしらの解が定まる (はずな) ので、そこから著者の行わんとした計算を再現してみたり、他のアプローチを考える事も可能です。

それに対して写真の場合では、具体的な正解というものが存在しない事が混乱を助長させます。
滝の水しぶきを撮影する際のシャッタースピードは1秒にすべきなのか、1/50秒にすべきなのか決まっている訳ではありません。

ピントの範囲を狭くして見せたいもの以外をぼかすべきなのか、背景までくっきりと写すべきなのかは目的によります。

さらに言いますと他の人が具体的に何処を見て良い写真、上手い写真と判断しているのか私には全く理解できない事もあると言った具合です。




その一方で、自分の頭の中で思い描いた通りのイメージをカメラで作り上げる事のできる撮影者が腕が良いと評されている事に気がつきます。

こうした「腕の良い」撮影者は、見せたいものを効果的に見せる手法に長けており、印象に残りやすい構図や撮影環境を意図的に作り出しています

私は専門家でもなければ、写真や美術を学んだ事すらない素人なので、これが正解であるかどうかは分かりませんが、上記のようにして撮影者の意図した通りに表現された写真を「良い」写真とするならば、彼等の「良い」写真や、それを作り出す技法を研究する事で自らの撮影技術を上達させる事ができるはずです。

撮影技術に関する書籍は、本来、こうした技法を学ぶ為の最高の教材です。

カメラやレンズの選び方から被写体の効果的な配置まで、具体的な撮影時の設定 (シャッタースピードや絞り、ホワイトバランス他) と合わせて実例を示してくれる教材は最高のお手本であり、構図の パクリ元 テンプレートでもあります。

残念ながら紙面の都合 (作例を優先的に掲載する事によるスペース不足) か著者と私 (読者) の感性の差異によるものか、先述のように説明不足で全く自明でないと思われるものも存在します。

しかし、何を表現しようとして、何を意識して、どのような写真を作成したのかを学ぶ事は、自身の撮影 (表現) 技術の幅を拡げる上で必要不可欠です。

私の知識が及ぶ範囲で、この観点から私のような素人の撮影技術の勉強に特に有益と思われた書籍は次の3冊です。

3冊の共通点は作例と比較して文章の割合が多く、どんな写真として被写体を見せる意図を持って、何を行なったかという内容が具体的に文字で記述されている事です。

謂わば撮影中のプロのカメラマンの頭の中を覗いているようなものです。


仕事に、お店に、ブログに効く! 魅せる写真撮影のお手本帖


絞りとシャッター速度50の掟 (玄光社MOOK 50の掟シリーズ)


写真の腕がメキメキ上がる露出決定50の掟 (玄光社MOOK 50の掟シリーズ)

何を意図して何を行なったかを文字情報で知る事が有益である理由は、それにより検索して調べる事が可能になるからです。

専門分野においては知っていて当然とされている知識 (数学で例えると行列の偏微分など) は最初から省略されている事が多いものですが、職業訓練として体系的に学習している訳ではない私のような素人は書かれていない事は知りようがありません。

その状態で『ググれ (自分で調べてください) 』と言われても何から手をつけて良いのか見当もつきません。

カメラを使って何ができるのか、その為にはどんな設定や小道具を使っているのかを見ていく事が有益となるのはその為です。

仕事に、お店に、ブログに効く! 魅せる写真撮影のお手本帖は特に最初の一冊にピッタリで、カメラと写真の基本から構図まで過不足なく説明されています。

見るべきは PART1 と PART2 で何を撮る為にどんなレンズ、機材が必要になるのかの最低限の基礎知識が得られます (それ以降はより詳細な他の書籍へ…) 。PART3 は1と2の応用編です。

2冊の50の掟は撮影時の設定についてより詳細に記述しています。カメラ任せのオート機能では意識する事は一切ないシャタースピードと露出決定についてです。風景写真を撮る際の設定が場所や目的毎に細かく分かれている点がとても素晴らしいです。

何に使えるのかと言えば、霧や湯気や光線を写したり、動きを表現する技法を学べます。
こうした撮影技術を見ていくと、写真とは撮影者が意図した通りに作り上げるものである事を強く実感します。

撮影枚数を重ねる事も大切ですが、多くのアマチュア写真家にとってはプロのカメラマンが何を考え、どのような手法で何を撮っているのか知る事により得られるものも多いです。

そして再現的に自らでも試すのであれば、『高級感がある』『やさしい』と言った根拠不明の断定に『どうしてそうなるの?』と解釈を試みるよりも、何を狙って何をしたのかを著者自らが語っているものを選択した方が私の経験上は有意義です。

書籍から学んだ内容は一応はこのブログにも反映されており、物撮りや料理写真にはサイド光や逆光が多用されていますが、撮影自体を目的としていない外出時は一箇所に立ち止まる事は稀で、何も考えずにシャッターを切っている事が多いので余り参考にしないでください。

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