笹子峠の愉悦

東京近郊でヒルクライムに興味を持った人が最初に行くところと言えば、八王子と相模湖 (合併により行政区分上は相模原市) の境界上にある大垂水峠 (おおたるみとうげ) がよく候補として挙げられます。

高尾山のすぐ南側にある事から分かりやすく、都心からのアクセスも容易で、標高が低めで距離も短い事から、誰が言い始めたか、ヒルクライム初心者の入門コースとして定着しています。

しかし、実際に訪れてみると、国道20号線とは思えないほど舗装状態が悪いところがあり、車の通行が多く、展望も望めず、瞬間的に斜度が7%を超えるようなところもあり、とても他人に積極的に勧めたくなるようなところではありません。

ヒルクライムの楽しさを知るには登り切った後の達成感を味わう事が第一ですが、林道の静寂、五感で自然を感じる事のできる一人だけの空間、安全かつ快適に走れる道、そして美味しい空気も欠かす事ができない要素です。




そんな恵まれた環境と入門者でも無理なく登りきれる斜度を両立させる峠が東京近郊に都合よく存在するか

と探した訳ではありませんが、大弛峠に自走で向かう途中に通りかかった笹子峠の大月側はとても理想に近い良好なコースでした。

この笹子峠は標高こそ 1,096m と風張峠 (東京都内の舗装路で最高地点・1,146m) と比肩しうるものの、峠の入り口の標高も700m近くありますので標高差はそれほどでもありません。

登り切るまでの長さは南の大月側がおよそ6km、北の甲斐大和 (甲州市) 側が約7kmほどです。

この笹子峠の大月側を登りましたが、登っている間に車はおろか自動二輪車や自転車、登山者など、誰一人として擦れ違うことも遭遇する事もありませんでした。

それもそのはずで、この峠の下には有名な中央自動車道と国道20号線 (甲州街道) の笹子トンネルが並走しています。

トンネルの手前で意図的に左折 (甲斐大和側では右折) しなければ辿り着けない峠道ですので、通行人が訪れる事は稀です。

この立地が笹子峠をヒルクライムコースとして理想に近いものとしています。

静寂に包まれた林道の中で、誰にも気をつかう事なく、自分のペースで淡々と登れるほど贅沢な事はありません。

気を付けなければならないのは野生動物との遭遇ぐらいで、追い抜きや対向車との擦れ違いが頻発する他の峠道と比べて、天国のように快適です。

ただでさえ環境が良好な事に加えて、笹子峠が入門者にも易しいところは斜度が 5% から 6% で一定しており、負荷の大きな急勾配が存在しない事です。

甲斐大和側では Garmin 計測で瞬間的に 8.7% を記録する地点が峠から2kmほど離れた地点に一箇所ありましたが、それを除けば足が回らなくなるような急勾配に出逢う事はありません。

むしろ峠に至るまでの甲州街道の坂道の方が傾斜がきつい (12.0%) ぐらいです。

峠に至るみちは森林に覆われ、展望は良くありませんが、反面、直射日光を防いでくれますので初夏でも涼しくて心地よいぐらいです。

登り切ると甲斐大和側で展望がひらける地点があります。

1,000m級の山に登ったという雰囲気は十分に味わえますが、周辺の他の山も同様に標高が高いので見渡すような開放感はありません。

この峠の魅力は展望とは異なるところにあります。

1つは道中に存在する矢立の杉と呼ばれる巨木です。

よく保全されており、単体でも感嘆するほど迫力があります。

周辺の環境も抜群によく、人通りが少ない事も相まって「とんでもないところまで自転車で来ている」感覚を味わえます (厳密には100mほど離れた車止め付近に自転車を置いて徒歩で赴きます)。


もう一つは峠に位置する笹子隧道という名のトンネルです。

このトンネルを通して反対側の景色が見えるところが特徴的です。

大月側から甲斐大和側に通り抜けると、3台ほど車が駐められているを見かけましたので、このトンネルのお陰で大月側の静かな環境が守られていると思うと自然と感謝の念が湧いてきます (言うまでもない事ですが、ダウンヒルは本当に危険なので、何処であろうが車の来る来ないに関わらず十分に減速して安全確認を怠らない事が必要です) 。

これらの景色はここでしか見る事のできない貴重なものです。

「この景色を見たいからこそ」という思いが苦しくてもヒルクライムを続ける原動力になる事を考えると、入門者こそ達成感と充実感を得られるコースを走る事が重要だと思います。

登坂中は車や自転車に無意味に急かされ、登り切っても「通過点」扱いを受けて何の達成感も得られない大垂水峠をヒルクライムだと思えばヒルクライムが嫌いになりますし、東京の劣悪な道路ばかり走っていれば自転車そのものが嫌いになります。


この笹子峠ですが、唯一にして最大の弱点はアクセスが良くない事です。

甲州街道の神奈川県から山梨県に掛けての間は路肩がほとんどないほどに道幅が狭く、意図的に幅寄せしたり後ろから煽るような悪質な運転手が少なくないので、自転車どころか自動車でも積極的に通りたい場所ではありません。

地元の人は親切で自販機で飲料水を買っていると気さくに話しかけてくる事もありますので、こうした危険な車両がどこから来ているかは不明ですが、渋滞だらけで飛び出しも多い多摩地区の道路よりも少しだけ安全な程度で、自転車で走るのに危険な道である事は覚えて置いた方が良いです。

補給地点は大月側には自動販売機と飲食店が笹子温泉界隈にあります。甲斐大和側にはコンビニや道の駅もありますが、走行経路によっては行きづらいかもしれません。

季節を変えて何度も訪れたくなる魅力的な峠ですので、何とか安全に走れる道を見つけて何度も通ってみたいものです。

新緑の奥多摩は美しい。30度超の真夏日は秋川の清流で涼をとろう。

東京では今年初めての真夏日となった5月3週目の日曜日ですが、暦の上ではまだまだ初夏は終わっていません。

初夏と言えば山の木々が生命力に溢れ、空の青とコントラストを成す、ヒルクライムが最も楽しい時期です。

一年のうちでも最高の時期に最高の天気が重なる日曜日。たとえ予想最高気温が30度を超えていようが、これで山に登らなければ自転車に乗っている意味がありません。

東京の副都心に位置する私の家から奥多摩の山までの移動距離は約80kmほど。移動時間に直すと片道4時間弱なので、午前中の隙間時間に自走で行き帰りするには午前4時以前に出発する必要があります。

そうした理由から早朝3時台に家を出て、朝焼けの中を五日市まで進みます。

こんな時間にも関わらず、23区内では高速バスに工事車両にタクシーにと交通量が多過ぎて極めて不快な気分になりますが、調布まで我慢を続けて一般道を抜ければ、僅かばかりのランナーを除いて他に何も目に入らなくなります。

更に進んで八王子の市街地を過ぎてしまえば、その後は快適そのものです。


目的地に早く到着するのは良い事ですが、今日の目的地は夜間通行禁止です。

早く到着しすぎると通行できないという問題が生じますので、奥多摩周遊道路が開門する午前8時に到着できるよう、秋川の河畔で写真でも撮りながら時間を合わせます。




予報では真夏日ですが、午前7時を回ったばかりの檜原村の気温は14度。ひんやりとした空気が心地よいです。

しかし、ここまで来ても車の往来が多く、改造車の威圧的な排気音が雰囲気を台無しにする事に気がつきます。

元より多かった自動二輪車はともかく、これほどまでに多くの車が行き来する道であっただろうかと記憶との齟齬に悩みます。

都民の森は良いところですし、従来は有料道路だっただけあって走りやすいのですが、四輪の自家用車が大挙して押し寄せるようになったら、まともに走る事すらできなくなってしまうのは他の山道と何ら変わりはありません。

もしそうなってしまったとしたら、残念ながら今後は走行ルートから除外する事も検討しなければなりません。


程なくして都民の森に到着しましたので、売店で軽い朝食をとって、風張峠へと登ります。

ここに以前に来た時には、苦しくてフロントインナーで軽いギアを必死に回す事しかできませんでしたが、アウターのままダンシングで登る練習をしたり、バイクがブレないように意識して修正する余裕がある事に自身の成長を感じます。

次は速く登れるように更なる練習を重ねなければと決意を新たにします。

気分的には更に奥へと進みたいところなのですが、自宅から80km超も離れた奥多摩 (風張峠までなら90km超) でそれを行うと、容易く1日消費コースとなってしまいます。

通行できる経路の限定されている山間部では、制限時間を正確に把握して、退き際を弁える事が肝要です。

現在時刻は午前9時。道幅が狭く、信号停止だらけの劣悪な東京の道では、このまま引き返しても帰宅できるのは正午を過ぎてしまいます。

とは言え、ここまで訪れる苦労に対して圧倒的に登りが足りてませんので、道なりに位置する適当な峠を組み入れます。



山越えを含めて100km超となる帰路に対して簡易な朝食だけでは心許ないので、檜原村役場前のたちばな屋さんで美味しいラーメンを頂きます。

陽が昇るに連れて気温も大幅に上昇して来ますが、生い茂った新緑の葉の木陰や秋川の清流が涼を与えてくれます。

檜原や奥多摩の道は大部分が秋川の渓流と並走していますので、少し道を外れると滝や湧水が現れます。

観光案内図に載っているような知名度の高いものから、名前があるのか不明なものまで多々ありますが、共通しているのは水が透き通っていて美しい事です。

こんな真夏日にはこの清流があるだけでも価値があると思えてくるものです。

気温はその後も上昇を続けますが、何とかそれをやり過ごしながら山を降り、向かい風に抗って川を下り、午後一の車の通行の少ない時間を狙って帰還しました。

自走で行く箱根・旧東海道は満足度過去最低の坂

ソーシャルメディアを眺めていると坂に文句を言っている自転車乗りを多く見ます。

そうした坂の中には奥多摩の見慣れた峠道も含まれている事もあって驚きますが、共通する特徴を抜き出してみると以下のような要素を複数あわせ持っている事が多い模様です。

  • 斜度・傾斜がきつい
  • 距離が長い
  • 道幅が狭い
  • 信号停止がある
  • トンネル区間を含む
  • 展望が良くない
  • 路面が荒れている
  • 橋の繋ぎ目がある
  • 遠い・アクセスが悪い
  • 車の通りが多い
  • バスが通る
  • 路上駐車が多い
  • ランナー・登山者・その他の歩行者が多い
  • どこにも通じていない・軽車両進入禁止に変わる

こうした要素を列挙してみると、一つでもアウトになってしまうものから、単独では気にもならないものまで程度が存在する事が見て取れますが、複合すると近づくのも躊躇われるような「なるべくなら通りたくない」ルートが完成する事には相違ありません。

そうした積極的には通りたくないルートも残念ながら世の中には存在します。例えば、今ライドの舞台である箱根の旧東海道です。

旧東海道は神奈川県の小田原から箱根を経て静岡県の三島に至る4本の道路のうちの一つです。

北側から東海道、旧東海道、箱根新道、箱根ターンパイクと4本の道路がありますが、このうち新道とターンパイクの後2者は自転車走行禁止である為、ロードバイクで小田原から箱根にツーリング (キャノンボールその他) する際には実質的には東海道と旧東海道のどちらかを通ることになります (※ 湯河原や函南、御殿場を経由する経路はまた別にあります) 。

自転車でも通れる東海道 (国道1号線) は、距離が長めで傾斜は緩やか、補給地点のコンビニもたくさんありますが車の通りが多いと聞いています。

箱根登山鉄道と並走して走ることになり、観光地や名所もたくさんあります。

対して旧東海道 (県道732号線) は、箱根湯本付近の温泉街を除いて、ほぼ山道を走ります。

旧道であり、傾斜もきつく、入り口付近は自動車のすれ違いは困難なほどの道幅しかない事から、交通量が少ないだろうと見込んだ事が誤りの原因でした。




タイトル通り往路も復路も自走なので、出発地点は東京と川崎の間にある多摩川大橋です。

ここから第二京浜こと国道1号線を小田原まで進みます。

道路が空いていており、信号に引っ掛かる回数も少なかった為、約3時間弱で川崎から小田原までの区間を抜けて箱根湯本まで到着できました。

箱根湯本から東海道を進む場合は道なりに直進しますが、旧東海道に入るには箱根湯本の三枚橋交差点で左折して早川を越える必要があります。

旧東海道はこの入り口付近の道幅が極端に狭く、バスの往来がある度に上下線ともに局所的な渋滞が発生します。入り込んで直ぐの地点にあるコンビニが (おそらく) ラストコンビニです。

この後の休憩地点は標高700m付近の峠の茶屋までありません。

この地点から既に車の通りが非常に多く、嫌な感じが拭えません。

温泉街から始まる登りを抜けて行くと道幅が広がり、片側一車線の広い道になります。走りやすくなるのは嬉しいのですが、それは同時に交通量が多い事を示唆するもの。

須雲川の鳥居前の坂などでは途切れる事なく続く車の列に煽られて、勾配の最もきつい内側のワインディングを通る事を余儀なくされます。



斜度10%を前後する急斜面を登り続けて行くと『七曲り』という案内表示が登場します。

登場するからといって何かが変わる訳ではありません。ここに来るまでに既に十分に傾斜はきついのです。

一つだけ変化があるとしたら、ここから登山者やランナーの数が増えました。しかも、山道にしては珍しく歩道があるにも関わらず、堂々と車道を歩いて降りてきます。

声を掛けて下さるのは嬉しいですが、車道は危ないので歩道を歩いて頂きたいのが本音です。


景色も開けず、交通量も全く減らず、斜度も落ちずのあんまりな行程を進むと峠の茶屋が見えてきます。まさに旧東海道の良心です。

さらに進むと『石畳』や『お玉ケ池』といった観光地を意識させるバス停が見えてきますが、実物は登坂車線からはよく見えませんし、斜度もきついままなので意識する余裕はありません。

立ち止まる事なく進んで行くと辿り着いた先は、なんと観光名所の芦ノ湖。

ここまで前知識なしで箱根に初訪問しましたが、これでは交通量が衰えない訳です。

帰宅してから走行経路を調べてみると、箱根とは急峻な山合いの狭い盆地に東西の主要交通路と多々ある観光施設をギュッと押し込んだような土地だということが分かりました。

その観光施設も箱根関所などの歴史施設、富士火山帯に由来する火山や温泉街に博物館、そして美術館にゴルフ場に山岳鉄道と多岐に渡り、地図を眺めているだけで感心してしまうほどです。

ただでさえ交通量の多い東海道に通行困難な険しい山道、多くの観光施設と観光客を集中させる箱根は、まさに交通の難所。

こんなところを自転車で走ろうとするのが根本的な間違いなのではないかと深く反省する事になりました。

箱根観光なら鉄道一択ですね。