「遠州一の激坂」秋葉山を登る

神秘的な朝霧の天竜を遡ること、およそ1時間、気田川と天竜川の交わる地点に秋葉山はあります。

赤石山脈の南端に相当するこの秋葉山が、何をもって「遠州一」と呼ばれているのかは分かりかねますが、知名度の点で言えば間違いなく遠州一と断言してしまっても良いでしょう。

もちろん、名前だけではなく平均斜度も 10% と強烈です。距離と獲得標高に至っては 7.2km に 700m 超と何かの冗談のような数値が出ています。

東京都内でもっともキツイと言われる和田峠でも距離 3.5km に 平均斜度 10.3% ですから、秋葉山は単体でおよそ和田峠2つ分という恐ろしいスペックを誇ります。

あの林道風張線でも全長 4.2km に獲得標高 490m 程度しかありませんので、全長 7km に獲得標高 700m 超というのが、どれぐらい凄いのか分かります。

そもそも比較対象が林道な時点で並大抵の坂ではありません… と思っていたら、こちらも列記とした林道でした。

全長 53km の天竜スーパー林道 – その最初の 7km こそが秋葉山本宮の参道であり、今回のライドの目的地でもあります。

私は車両進入禁止の森林作業道には立ち入りませんので、公道や廃道ではない意味での「林道」には登山(徒歩)以外では訪れることはないのですが、自由に通行して良いのであれば話は別です。

秋葉神社までは通行して良いのであれば、ありがたく通らせていただくまでです。




この林道の起点近くに自動販売機があり、買おうと思えば飲み物も補給できるみたいでした。このときの私は飲みかけの綾鷹の処理に困っていたので、詳細は確認していませんけど、定期的に商品が補充されている雰囲気はありましたので、最悪でもここで飲料を調達できるかも知れません。

林道に入ってしまうと、秋葉山本宮にたどり着くまで補給地点は一切ありません。

そして前述の通り、この林道は半端ではありません。

距離と斜度だけでも十分に危険ですし、林道らしくガードレールが部分的にしか設置されていませんので、気をつけていないと滑落するおそれがあります。

それに加えて、豊富な湧水が路面に溢れ出している箇所が幾つも見受けられます。この豊富な湧水は関東平野の辺縁では、まず見られません。

その一方で空気は澄み切っていて、人の気配は微塵もなく、緊張感を感じられるほど、森の中は静かです。

時折、木立が途切れて、青空と山並みの間を覆う雲海が視界に飛び込んできます。

しかし、基本的には展望は開けず、鬱蒼とした森林の合間を縫って延々と登坂が続きます。

勾配の強烈さといい、長さといい山梨県の大弛峠によく似ています。体力が尽きる前に登坂が終わってほしいと願ったのも大弛峠以来でしょうか。

秋葉山も大弛峠のように厳しい坂道から始まって、一時的に傾斜が弱まり、また険しくなることを繰り返します。

距離を示す道路横の案内看板も正確で「あと和田峠1つ分」と数えているうちは余裕がありますが、後半になってくると登りきったつもりになっても「まだあと 1.5km もあるのか」と、しっかりと落胆できます。

大弛峠を含む他のヒルクライムスポットとの違いは、ここは赤石山脈の南端ではあっても鞍点や峠ではないということです。

足を攣りそうな思いをしながら秋葉山本宮まで登っても、林道としてはまだまだ奥まで続いていきます(ただし現在は全面通行止めです)。


登り始めた頃には朝霧に包まれて全てが曖昧に見えた光景も、到着する頃には朝の光に照らされて、いつの間にか細部まで明瞭に見えるようになっていました。

あらためてよく見てみると、厳かで緊迫した空気といい、細部まで見事な意匠を施された建築といい、樹齢 650 年の古木といい、フクロウが住む境内といい、秋葉山神社だけでも数え切れないほどの魅力があります。

この素晴らしい光景を眺めているのは自分一人なのかなと考えていたら、なぜか場違いな若い女性が一人だけいて、背後から話しかけられました。

林道に入ってから、ここに至るまで車一台すら通りかからなかったので、少しばかり驚きましたけど、本格的な登山靴にソフトシェルのジャケットという出で立ちだったので、伊那の方から稜線でも歩いてきたのかも知れません。

残念ながら、現状、ここより先には自転車では進めませんので、登ってきた道を引き返すことになります。

斜度 10% を 7km 登るのは嫌ですが、それを降るのはもっと嫌です。

最近は碌でもない山道ばかり走っていたので耐性が付きましたけど、洗い越しのように水が流れている急坂をカーボンリムで降るなんて、どうかしていると思います。

幸いにも路面はそれほど荒れておらず、交通量も文字通りに皆無だったので、コース取りと速度にだけ気をつけていれば、距離と斜度のわりには安全に降ることが可能でした。

降り切った先の景色は、モノクロだった早朝とは打って変わって、青と緑の世界に変化していました。

朝霧を抜けて天龍を登れ

天竜は浜松市の中心部から、およそ 20km から 60km ほど北方にある山間地です。

愛知県の北設楽郡、長野県の下伊那郡に近接しており、絶景に魅せられて奥地まで進んでいくと、自然と県境を越えていることも珍しくはありません。

その静謐な雰囲気といい、奥行きを感じさせる圧倒的なスケール感といい、湧水量の豊富さといい、天竜の山道は省道臺八線こと中部橫貫公路によく似ています。

浜松名物の餃子が台湾滞在中の日々を思い出させることも相まって、気分は完全に台湾自転車旅行です。

そんな天竜川渓谷が最高の表情を見せるのは、何を差し置いても晴天時の早朝です。




水量豊富な天竜川の蒸気霧が窪地を覆い、月にでも行けてしまえそうなほど神秘的な光景を目にすることができます。

やがて夜が明けて、太陽が昇ると濃霧は雲海となって、地表を覆い隠しながら青と白と緑のコントラストを作り上げます。

視界がぼやけて何もかもが曖昧だった早朝から、雲海の朝を経て、陽の光によって全てが明瞭になっていく過程はあまりに鮮烈で、たった一度の訪問で天竜の虜になってしまいました。

これだからロードバイクは辞められません。

そして、この天竜渓谷の中央に控える秋葉山こそ『遠州一の激坂』と名高いヒルクライムスポットであり、南アルプス・赤石山脈の南端です。

全長 50km 超のスーパー林道天竜線もここにあります。

決して全容を知れない奥深さ、天候や時間帯によって刻々と移り変わる表情、険しい山道に美しい渓谷と、何度くりかえし訪れても感動します。

本気で浜松に移住しようかなと思えるぐらいには楽しめるので、機会がありましたら晴天時の早朝未明を選んで訪れてみてください。

続き 「遠州一の激坂」秋葉山を登る

終業後はロードバイクで浜名湖 – 浜松 移住体験

東海道新幹線に乗っていると、多島海のすぐ隣を通り抜け、南国風の樹木が並ぶ、開放的な景観が目に飛び込んでくる場所があります。

両側に水面が広がっていて、まるで水の上を走っているような気分になります。

東京行きの列車では、ここを過ぎるとトンネルが連続する区間が始まり、新大阪行きの列車では直後に名古屋に到着するアナウンスが入ります。

そのあたりが三信遠と呼ばれる地域で、三河湾があって、浜名湖があって、南アルプスこと赤石山脈の入り口があります。

私も博士課程の学生の頃は、なぜか毎週、新幹線に乗って京都から東京に通う生活を送っていたので、訪れたこともないのに既視感と親近感があります。

そんなところに仕事で「来ていただけませんか?」と誘われれば、よろこんで行ってしまいます。こっそりと自転車も携帯しながら。




趣味のものまで持っていくと、さすがに荷物が増えすぎて持ちきれませんので、ビンディングシューズやヘルメット、着替えの服や予備の靴やカメラなどは事前にホテルに郵送しました。

あとは待ち合わせ場所をホテルのエントランスに指定して、待合せ時刻よりも早めに到着して、自転車もフロントに預けてしまえば完璧です。

スーツケースを持ち歩く、いつもの出張よりも簡単な気がします。

手荷物に余裕がありましたので「ロード乗りなら一度は食べておけ」と言われる『牛肉どまん中』弁当も、この機会に試食してみました。

偉い人の好物らしく、たしかに冷めていても美味しいです。強いクセも、臭いもなく、万人向けの味で、非常に質と完成度が高いと感じました。

でも、この値段なら、私なら「レストランに行ってしまうかな」とも思います。

浜松にはうなぎと餃子の他にも、げんこつハンバーグの『さわやか』、ラーメン、遠州焼き、三ケ日みかんと名物も豊富にあって目移りするほどです。

私はアレルギーで海産物を口にできないので、うなぎは撮影するだけですけれども、食べ物が美味しいというのは良いですね。

たくさん食べたら、たくさん走ることが幸せを感じる秘訣です。

浜松は遠州地方の中心に位置しており、東を向けば牧ノ原台地と御前崎、西を向けば浜名湖と三河湾、北側には三方原と秋葉山が聳えているという立地なので、走る場所には事欠かないだろうと思っていました。

実際に来てみますと、思いのほかに浜名湖が至近距離にあり、文字通りに毎日の終業後に通えることが分かりました。

17時に業務を終えても、このあたりは東京よりも日照も日没も遅いので、夏場は19時ぐらいまで明るいです。

浜名湖の入り口にある舞阪まで、元城町からでも 12km およそ 30分ぐらいで到着しますので、湖西や舘山寺ぐらいまでであれば無理なく通えます。

ただし一つだけ注意点がありまして、人口や都市規模を考えると異様に車が多く、どこまで行っても市街地が途切れませんし、車の量も減りません。

サイクリングスポットとして注目を集めている場所の中で、ここまで交通量が多いところは他に見たことがありません。それどころか、全国の政令市の中でも有数の車社会なのではないかと思えるほどです。

いちおう札幌、仙台、新潟、岡山、広島、北九州には行ったことがありまして、京都や福岡には住んでいたこともあるのですが、浜松の道路や市街地はそれらの何れとも違います。

浜松の場合は駅前や中心市街地と郊外との区別が曖昧で、どちらも同じぐらい多くの交通量があります。

平野が広いためなのか、市街地そのものの面積も大きく、ようやく市街地を脱したと思いきや、その直後に愛知や静岡の隣町の市街地に繋がります。

東海道沿いの主要都市はどこもそうなのかもしれませんが、必ずしも都市の中心部に向かう車ばかりではなく、中心部から辺縁部に向かう車も決して少なくはなく、双方向に大きな流動があるので、より広範囲での交流があることを実感させます。

冬季の積雪も考えなくていいですし、生活環境も東京よりも遥かに良好、食べ物も美味しく、産業の一大集積地だけに仕事にも不自由せず、政令市ならではの利便性も兼ね備えていて、移住先としては理想的な候補の一つであることに変わりはありませんが、住んでみないと分からないこともあるのだと痛感しました。

住んでみないと分からないと言えば、早朝に天竜川を遡っていくと凄い景色をご覧になれます。有名なのは浜名湖ですが、これも実際に来て、走った人にしか分からない贅沢です。

その話はまた次回にでも