秋吉台の壁 – 遅れてきた夏休み

前日からの雨天予報に加えて当日の朝になっても降水確率は60%を下回りません。

しかしホテルの窓から見える宇部市街地の景色は午前6時前から既に明るく、数時間後には灰色の雲を割って青空が拝める予感がします。

今日の夕方には東京へと帰りますが飛行機が飛ぶ迄にはまだまだ時間があります。

時間とロードバイクがあって雨が降っていないならすることは一つです。

せっかく山口県まで来ているのですから「最大斜度28%」のキャッチフレーズで有名な「秋吉台ナイト壁クライム」のコースを体験しない手はありません。




日本最大のカルスト台地は山口県のほぼ中心部に位置しており、私が宿泊している宇部市からは約40kmほど距離があります。

東京での40km (新宿から八王子) は心理的に遠いところですが、広くて空いている道が続き、信号もほとんどない山口県の40kmは半日もあれば十分に行き帰りできるところです。

部屋着からサイクルジャージに着替え、ホテルのクロークに貴重品を預け終えたら、みかんさんと合流して一路秋吉台を目指します。時間は午前9時30分。天気はところどころに青空が見えるまでに回復してきました。

途中に広がる景色の美しさと道路の走りやすさ (路上駐車や渋滞がないどころか車が余り来ない) に感嘆しながら90分足らずで秋吉台に到着します。

若干のアップダウンはありましたが今の私ならアウターギアで速度を落とさずに難なく乗り越えられるので特に困難はありません。何処に行くにも登り坂がある山口県の地形に驚愕していた1年前と比較すると大きな成長を感じます。

時間も限られているので、秋芳洞の駐車場 (秋吉台の麓) でドリンクを補給して目当ての「秋吉台の壁」にそのまま臨みます。秋芳洞から秋吉台に至る道は2つありますが傾斜がきつくて車がほとんど通らない方が「壁」であり、もう一方が一般的なルートだそうです。

もちろん選ぶのは前者です。平地から上の方を向いた道に突入すると斜度が絶え間なく上がり続けます。右側に曲がりくねっていて遠くからは見えませんでしたが、休む間を一切与えない無慈悲な坂が登りきるまで延々と続いています。


このクラスの坂の多くは人気も疎らな林道が多いので傾斜のきついところは大きく回ったり蛇行する事もできますが、ここは車がほとんど通らないとは言え片側1車線の普通の道路である事が攻略難易度を上げています。

普通に車が通る道である以上、ふらつきや蛇行などはできません。白線の直ぐ傍を維持しながら確実に淡々と登っていきます。幸い百草園のように急勾配に前輪が浮くような事はありません。「斜度28%」と聞いてある程度の覚悟はしていたのですが、一向にその瞬間が訪れないままに登りきって交差点に達してしまいました。

思いの外の短さと噂の割には「まとも」な道であったことに拍子抜けしましたが、それでも平均斜度18%の坂はある程度の訓練を経た上でなければ登れません。

ヒルクライムとは必要とされるスキルが少し異なりますが十分に楽しめる名所である事は確かでした。

インパクトと落車の危険性で言えば百草園の方が甚だしい気がしますが、どちらも「激坂」として十分に通用するスペックを持っている事は間違いありません。

登り終えたら交差点まで引き返し、今度は展望台方面に登ります。

展望台付近には峠の売店と小さな食堂があり、名物の夏みかんソフトクリームが味わえます。せっかくなのでソフトクリームだけでなく夏みかんジュースと秋吉台高原牛肉うどんも頂いて昼ごはんとしました。



牛丼のような味付けの牛肉と麺類の組み合わせは山口県に良くあるようで、食べながら川棚温泉の瓦そばを思い出しました。

食後は「壁」ではなく、秋芳洞から秋吉台に至るもう一方の道を経て宇部を目指します。

こちら側から見える景色は最高で、遠くまで見通せる開けた草原はさながら標高2000m超の高原の様です。

先ほど「壁」の方が傾斜がきついと書きましたが、こちら側でも時折7%から9%の下り注意の看板が出てきますので景色に見とれてばかりもいられません。




非日常的な美しい風景に後ろ髪を引かれながら刻々と迫る飛行機の離陸時間を意識します。

下り基調とは言え、それなりに距離がありますので意識を切り替えて走りに専念することが肝要です。途中で道を間違えて登らなくても良い涼木峠を越えたり、帰りの獲得標高が497m (行きは「壁」も含めて483m) に達したりと些細なアクシデントがありましたが2時間30分ほどで宇部に到着する事ができました。

到着後は洗顔シートで全身を拭き、化粧室でジャージから普段着に着替えて、無事に東京への飛行機へと乗り込みます。

どこにも行かずに仕事をしていた盆休み代わりの私の休日(前半)は、こうして終了しました。

ありがとう、みかんさん。さようなら、山口県。

また今週末まで。

海峡を越えて

英彦山でのヒルクライムレースを終えたみかんさんと私は、雨の中の閉会式を待たずに九州自動車道を北上します。

目指すは関門海峡、そしてみかんさんの地元である山口県です。

偶然にも道中の和布刈パーキングエリアに立ち寄った事で、PA内の展望台の上から関門海峡を一望する事になります。

関門海峡(左岸が門司・右岸が下関)

下関と北九州の特産品に加えて九州の名物料理の売店がある辺りが地域柄を反映していて興味深いところです。



しばしの休憩を終えて本線に戻ると直に関門橋に入り間もなく本州に至ります。

海峡を越える瞬間は本当に短いのでレイボーブリッジを越えて東京湾の埋め立て地に向かう際と似た様な印象がありますが、徒歩や新幹線では拝めない景色が眺められるので一度は車で訪れる価値がありそうです。

九州道の門司から中国道の下関に入ると景色が大きく変化します。

九州道は企救半島の山間部を通るので両側を高い山に囲まれて、まるで中央道を長野に向かって走っているかのような気分になりますが、中国道では遠くに連なる山々と朱色の瓦屋根の民家が山口県西部である事を感じさせます。

この独特の朱色の瓦屋根とオレンジ色のガードレールは山口県に特有のものです。



程なくして宇部に到着した後はホテルに荷物を預けて地元で評判の焼肉料理店に訪れます。

山口県の名産品は夏みかんらしいですが、この料理店で出されたファジーネーブル(オレンジの一種)のカクテルも非常に美味だったので、飲酒しない私にしては珍しく何杯も飲んでしまいました。

明日はいよいよ東京への帰りとなります。

飛行機は夕方の便なので、その前に訪れたいところがあるのですが天気予報は生憎の雨。過去に「晴れ属性」と名誉なニックネームを頂戴した幸運を信じつつホテルへと戻ります。

続く

英彦山ヒルクライム

前日の快晴とは対照的に雨が降り出しそうな曇り空の下でヒルクライムレースは開催されました。前述の通り苅田町に宿泊していた私は午前6時30分にホテルでみかんさんの運転する車に拾われて、8時30分前には無事に会場に到着しました。

みかんさんは過去に何度か試走に訪れた事があるそうで道路も最短経路を効率よく通っていましたが、初めて訪れた場合には会場近くで迷う事が多いそうなので時間に余裕を持って出られる方が良いかもしれません。

自転車の組み立てと車両点検、当日参加登録を終えて開会式に臨んだ後は、直ぐにスタート地点までの集団移動となります。

スタートは男子10代/20代を先頭に数分置きにカテゴリー毎に出走する形式です。

各カテゴリー毎の出走時間に達すると先頭から5人づつ同時にスタートラインを切ってレースが始まります。スタート時間は各選手毎に異なるので計測が終了するまで自分の凡その順位は分かりません。

私は英彦山に来ること自体が初めてだったのでスタート直前に隣になった方にコースの概要を教えて頂きました。

この方は大変、親切な方で最初の4kmの登りの後に2kmの下りがある事、その後の登りが本番で特にコース最後の3kmの傾斜が厳しい事などを詳細に教えてくださいました。

その上で最初から飛ばし過ぎずに後半の急勾配に備えて脚を残しておくというアドバイスを下さったおかげで、実走経験がなくても具体的なペース配分のイメージを掴む事ができました。

実際に走り始めると直ぐに斜度2%程度の緩やかな坂が出現し、徐々に傾斜が増して4.5km付近では10%程度までの急勾配になります。

英彦山の薬師峠付近に設けられたフィニッシュラインまでの距離は約15km。

その直前までの後半4.5kmの平均斜度は9.1%で獲得標高は770mというのが私の知っていた事前知識の全てです。

このスペックから都民の森を全力で完走できるのであれば、英彦山でも不甲斐ない思いはしなくて済むという目算がありました。

都民の森と呼ばれる檜原街道・奥多摩周遊道路は、檜原村役場前(橘橋)から続く約20kmの長さの道で区間の獲得標高は769m、急勾配の続くラスト3.5kmの平均斜度は8%という具合です。

私が最も走り慣れた道でもあり、これぐらいの負荷であれば何の懸念もなく全力を出し切れる訳です。

しかし、さすがに英彦山は甘くありません。

スタートラインから4.7km付近で230m近く登りきったところから、一転して約2kmの下り坂が始まります。斜度は下り方向に約5%もありクランクを回さなくてもスピードが上がり続けます。

他の選手はここで全速力で駆け下りますが、コース自体を未経験の私は安全マージンを取りながら余裕を持って下ります。

初めての道では路面状況や障害物の有無などが把握できていませんので、無闇にスピードを上げると大事故に繫がりかねません。

ましてや今日のために練習を重ねてきた他の選手を巻き込んで迷惑を掛ける事だけは何があっても避けなければなりません。

約2kmの下りを終えるとスタートラインから10km地点、フィニッシュラインの手前5kmまでは平均3%の緩やかな登り基調となります。ここでギアをアウターに入れて下りでの遅れを取り戻します。

心置きなく速度を上げますが Garmin をチラ見して走行距離を確認しながら、ギアを変えるタイミングを探る事だけは忘れません。

この「平坦」の直後に「本番」の急坂が控えているのは間違いありません。斜度の変化に気づかずにアウターで突撃すると取り返しがつきません。




10km地点を過ぎるといよいよ傾斜がきつくなってきます。

話に聞いていた限りでは残り3kmがキツいそうですが、残り5kmにして既に十分に厳しい感触です。都民の森で例えれば上川乗交差点の先の急坂です。

その上に曲がりくねった道路が生い茂る樹木の陰に隠れて、先の様子がほとんど見えません。

曲がった先がどうなっているのかも分からず、この登り坂が永遠に続いている気分になってきます。

ところどころ泥が溢れ出していたり、落葉が荒れた路面を覆い隠していたり、思わぬところに道路の亀裂が生じていて足元を掬われそうになります。

その間にも傾斜は緩まず、ところどころ瞬間的に15%を超える急斜面を挟みながら先の見えないカーブが連続します。

きつい傾斜により団子状態になった選手たちに追いついたところで、ようやく「ゴールまで残り500m」の標識が見えます。

俄然やる気が出てきますが、傾斜がきつ過ぎてギアやケイデンスを上げる余裕が全くありません。

沿道にできた人集りからの歓声が徐々に大きくなりフィニッシュラインが近いことを感じさせます。

ゴールまで一気にという気分が先走りますが、体が追いついてきません。

ここまで来たら確実にゴールを決めるという決心をして耐え続けながらクランクを回します。

ゴールまで残り100mを切っても引き続き耐え続け、ラスト60m地点を越えフィニッシュラインが目前に迫ったところからようやく完走を確証し、持てる力の全てをぶつける思いで全力ダンシングしながらフィニッシュラインを通過しました。

直後に倒れ込むほどの全力は出せませんでしたが、出し切った感覚は強く、気分は爽快でした。

自分はレースに出るような人間ではないと信じ込み、ここでも何度かそう書いてきましたが、実際に参加してみると本当に参加して良かったと心から思える程にレースを楽しめました。

自分はこんな人間だったのかという発見があっただけでなく、速く走る事を目指して切磋琢磨している方々と一緒に全力で走れるのは刺激的で楽しくもありました。

結果の方はといえば、スタートからゴールまで60分を切る事を意図せずに達成できました。過去にクロモリでヒルクライムしているという記事を書きましたが、一応は面目を保つ事ができたという事にしておきます。

使用したのは Raleigh CRN のフレームに DT Swiss – RR21 Dicut のホイールの組み合わせです。ギアはホームグラウンドの奥多摩の道に合わせてフロントが50-34のコンパクト、リアが12-27の10速となっています。

友人から白のバーテープを頂いたので、それに色を合わせて完成車付属品のサドルを一時的に装着しています。