真夏の北海道自転車旅 (10) 十勝岳を登れ

今回、道東から美瑛にやってきた目的を一言で述べるとしたら「十勝岳」の一語に集約されます。

十勝岳とは北海道の大雪山国立公園に位置する標高 2,077m の活火山です。自転車乗りにとっては、現在「自転車に乗っていける道内でもっとも高いところ」と覚えておいて損はありません。

舗装路の終点は『十勝岳温泉』として知られる中腹の宿泊保養施設であり、頂上でも鞍点(峠)でもありませんが、その標高差は 920m 超にも及ぶ国内有数のヒルクライムスポットです。

今回の北海道自転車旅において「500km 以上も走行しているのに圧倒的に獲得標高が足りない」という欲求不満を解消すべく、また、立地と走行距離的に予定の隙間を埋めるのに調度良かったので、当日の朝になってから、急遽、訪問先に組み込んでみました。




ヒルクライムとしては『かみふらの十勝岳ヒルクライム』の上富良野から登る道道291号線のほうが、おそらく正規ルートです。

しかし、今回は移動のついでに立ち寄ったことで、時間的な制約が大きかったことから美瑛から道道966号線を登り、来た道をそのまま引き返しました。

上富良野に降りなかった理由は、美瑛駅前にある『四季の情報館』に荷物を置いてきたからです。

館内の観光案内所の奥に大きなコインロッカーが設置されていて、300円で終日利用できます。40L のバックパックと輪行袋ぐらいなら問題なく収納できる大きさです。

季節によって営業時間が変動しますので、覚えておかないと大変なことになるかもしれない点にだけは注意が必要です。

旭川から美瑛まで 25km も自走してきた時点で「もう 10kg のリュックサックなんて背負いたくない」と思ったので、思い切って着替えの服や靴や輪行袋などはコインロッカーに預けてしまいました。

このとき、予備のタイヤとハンドポンプも一緒に置いてきてしまったのは「失敗だったな」と後から気がつきましたが、幸いにも何事もなく戻ってくることができました。

自転車旅で常に大荷物を持っていると、予備の補修部品を持っていることが当たり前と錯覚してしまい、ふとした時に忘れてしまうことがあるというのは新たな発見でした。

美瑛から十勝岳に向かうには、市街地から道道966号線に入ったあと、ひたすら道なりに直進します。

市街地を出るとコンビニすら無くなり、美瑛川を渡ったのちは一面の耕作地が広がりますが、しばらく進むと道の駅がありますので補給に困ることはありません。

美瑛川は「鉱物でも流れ込んでいるのではないか」と疑ってしまうほど青いので、少しばかり驚きます。

その先の道路沿いに有名な「青い池」がありますので、十勝岳を目指していると自然と観光もできます。

この辺りから斜度 2% ぐらいの登坂が始まっていて、気づかないうちに標高が上がってきています。

さらに奥まで進むと「大雪山国立公園」の看板が出現し、そのさきから本格的な山道に入ります。

この山道なのですが、なぜか山道に入ってからのほうが舗装状態が良くなります。どれぐらい良いのかというと、いままで北海道で走ってきた道路の中でも最高と断言できるほどです。

北海道の道路は基本的に継ぎ接ぎが多く、道路のつなぎ目やグレーチング付近の段差での「突き上げ」が厄介で、さらに路肩は波打っていることも少なくありません。

北海道の人が本州の道路を走ったら、運転速度の遅さと方向指示器の使用頻度のほかに、道路の狭さと舗装状態の良さに驚くのではないかと思うほどです。

ただし、ここだけは本州の山道を思わせるほど路面が綺麗で、不快な振動も少ないです。

景観の素晴らしさに至っては、もはや言葉も出ないほど — まさしく絶景です。

雰囲気としては、乗鞍岳を思わせる壮大さです。

さすがにあれほど標高は高くありませんので、雲の上まで突き抜ける快感を味わうことは難しいですが、真夏でも雪を冠った高山に少しづつ近づいていく興奮、冷涼で張り詰めた空気、森林限界を越えたところにだけある見渡す限りの展望は文字通りに最高です。

乗鞍岳のような「他の何者をも寄せ付けない圧倒的な高さ」を感じられない反面、十勝岳の場合は周囲に連なる富良野岳、美瑛富士、美瑛山、オプタテシケ山が見事な奥行きと迫力を醸し出しており、それが他の山にはない魅力になっています。

そして、当たり前のようにキタキツネと遭遇します。

1匹や2匹の話ではなく、道路を普通に走っているだけでキツネに遭遇するほど、生息数が多いです。

それも人や車をあまり怖がっていないように見えるところが困りものです。

狂犬病が恐ろしいので、ほどほどに撮影しつつ、距離を取ってキツネから逃げます。

初期のミラーレスカメラでは上手く撮れないので、こういう時のためにオートフォーカスの優秀な最新のカメラと望遠レンズが欲しくなってきますね。


SONY FE 70-200mm F4 G OSS SEL70200G

美瑛側は最大斜度も 6% から 7% ぐらいしかないので、こうして余裕を持って遊べます。

ところが上富良野側はかなりの激坂で、遊んでいる余裕など全くありません。

計測開始地点によっては平均斜度で 8% を超え、奥に進むごとに勾配がきつくなります。

道道966号線との合流地点からは平均斜度 10% をゆうに越え、道路脇の標識には「斜度14%」の注意書きまで出現します。

こんな極悪な数値は、ここ以外では見たことがありません。もはや林道です。公道の勾配ではありません。

少なくとも 10kg のリュックサックを背負って 500km 走ったあとに登るものではないと思われたので、今回はおとなしく上富良野側の激坂は遠慮しておきました。

しかし、これだけ性格の違うヒルクライムルートを2つも楽しめるのも、十勝岳の魅力であることには違いありません。

毎週、通いつめたら楽しいだろうなあと思いつつ、時間に余裕を持たせて山を下ります。

今日はここで終わりではなく、荷物を回収したら、さらに先まで進まなければならないのです。

つづく

真夏の北海道自転車旅 (9) 旭川から美瑛へ

北海道をツーリングされたことがある方なら、どなたでも同意して頂ける共通の体験があります。

擦れ違うバイク乗りや自転車乗りが手を振ってくれたり、コンビニで休憩中に現地の人に思わず話しかけられたり、訪れた先の峠や岬や宿泊先で知り合った人と自然と会話が始まったり、茂みの中から思わぬ野生動物が飛び出してきたり。

そんな北海道が楽しくて、わざわざ遠くから愛車を船で運び、この北の大地を訪れるのかもしれません。

自転車で北海道を訪れてみて初めてわかったことには、出会うツーリストはみな気のいい人ばかりで、誰もが何かしらの語るべきことを持っていることです。

それは船の欠航であったり、無人の山道でのパンクであったり、あるいは一晩中、寝ないで走行した体験であったりします。

しかし、道東を走る多くのライダーが口を揃えて言うことの一つには、旭川の大きな存在感と絶対的な信頼感がありました。

「旭川は最強」「困ったときは旭川に行くといい」といった言葉をどれだけ耳にしたか分からないほどです。

聞けば聞くほど、旭川の存在を無視することはできなくなっていきました。

個人的には、旭川はどうして発展したのか長らく不明でした。

日本初の近代貿易港であり本州との結節点でもあった函館、後背地に炭鉱を有していた室蘭、炭鉱に加えて北海道と樺太庁の海上輸送拠点でもあった小樽、石狩川の河口に位置し道内最大の平野と河川を抱える札幌は、地形図を見るだけで発展した理由が明白です。

ところが旭川は「何があるのか分からない」のに強烈な存在感を放つ、とても興味深い都市に見えました。




実際に北海道を訪れてみると、なるほど、開拓や国防上の都合から北海道の地理的中心に「大都市」が必要だったのかと直感的に理解できました。

旭川は大きな都市です。

もちろん本州にいたときの印象では、盛岡や宮崎、高知などと同じ規模の都市、決して小さくはないですが八王子や金沢、鹿児島ほど存在感はないと思っていました。

ところが、人口3万人でも立派な都市という北海道の基準で見ると、釧路や帯広は桁違いの大都会、旭川や函館は全国規模の都市のような印象を受けます。

実際、稚内も網走も人口3万人程度ですが、中心市街地には商店街もホテルもあり、特急列車1本で札幌、近隣の空港から直行便で東京まで行けるなど、都市機能も地域の拠点性も十分に備えています。

そうした北海道の中央にあって、旭川は大都市になることを望まれ、今日でも広域拠点としての役割を立派に果たしているからこそ、ツーリストからも圧倒的な支持を受けているのでしょう。

また旭川を除いても、上川には行きたい理由がありました。

ほかのツーリストと話しているうちに「北海道で一番お好きな場所はどこですか」と伺ってみると「美瑛」や「富良野」という回答を頂けることが少なくありませんでした。

美瑛は上川盆地の南側に位置する丘陵地帯、富良野はその美瑛のさらに南側にある盆地です。どちらも大雪山連峰がよく見える位置にあります。

旭川駅からの距離は美瑛が 25km 、中富良野が 47km と、ロードバイクで周遊するには何の問題もない距離です。

さらに両者のあいだには国道(452号線)と富良野線の鉄道が走っています。

ここであれば、何かしらの不慮の事故に遭遇しても、また接近しつつある「超大型の台風」によって帰りの船が欠航しても、大きな問題にはならないだろうという考えから目的地に決めました。

今の今まで「畑しか無いところ」「川と電線しか無いところ」「道路しか人工物のない山道」ばかり 500km 以上も走ってきたので、民家があって、気動車が走る鉄路があって、水田がある上川盆地の景色をみると別世界に来たような気分になります。

と思って油断していたら、旭川駅を出発してから僅か 7km あたりでコンビニがなくなりました。

釧路市街を出発して以来、かつて無いほど大きな市街地を通っているのに、真横の富良野線には 1km から 2km 置きに駅が存在しているにも関わらず、コンビニも営業中の飲食店も見当たらないので困りました。

始発の特急列車に乗ってきた関係で、今朝からカツサンドしか口にしていない状態です。

唯一、早朝から営業していた駅の売店で、購入できる食べ物は土産物とカツサンドしかなかったのです。

明らかにカロリー不足のまま、補給もなしに 25km も走りたくはないなと、引き返すことを真剣に考えました。

ただ上川盆地は平坦なので「美瑛まで行けば何とかなるやろ」と歩を進めていると、『麦わらぼーし』さんという雰囲気の良いお店が見えてきました。

しかも、運良く営業時間になったばかりです。

せっかくなので、ここで数量限定おすすめメニューの『すぎもとファームの豚丼』をいただきました。

ここの豚丼は肉質の良さを引き立てるような上品な味付けです。

北海道を訪れてより、豚丼ばかり口にしていますが、どこの店舗でも創意工夫が見られて、味付けは大きく違ったりします。

しかし、私の後につづいて続々と入店してきた他のお客さんは、みな大盛りカレーを注文していました。どうやら、ここは大盛りで話題の店舗だったようです。

食事を終え、すぐ近くにあったセイコーマートで補給を済ませ、川を渡り、やや長めの緩い上り坂をのぼると眼下に美瑛の町並みが見えてきました。

ここで少しばかり、やりたいことがあったのです。

つづく

真夏の北海道自転車旅 (8) さらば道東

ふとした切っ掛けから始まった真夏の北海道自転車旅も、ゆるやかに終わりを迎えつつあります。

「超大型」の台風の接近です。

あり余る資金と引き換えに時間の制約を受ける社会人として、そろそろ帰還の手段を考えなければなりません。

学生時代も毎日の研究室通いで、休暇があった記憶が微塵もありませんので、社会人になってからのほうが圧倒的に時間的に余裕ができて、身体的にも健康になっている気がしないでもありませんが。

聞いたところによると「帰りのフェリーもキャンセル待ちで、空室がなかったら函館まで移動」という綿密で一分の隙もない完璧な事前計画が用意されているため「帰りは自己責任で頑張らないと(原文ママ)」いけません。

よくよく考えてみると、行きのフェリーがキャンセル待ちだった時点で、行けるかも分からないのに、帰りのフェリーだけが確保されているわけがないですね。

そうしたわけで、ここで私ができることは大まかに3つです。




1つは滞在期間の許す限り、道東に滞在して「摩周湖ガチャ」や「知床峠ガチャ」に挑戦することです。

任意の月に連続で何日間ほど訪れれば、霧のない好天を引けるのかを概算して検証する遊びです。気象庁の過去の気象データを参照して良いものとします。

もう1つは稚内や帯広など自走で行けるところまで行くことです。

この場合、到着先からの帰還手段を考慮して、知床や根室方面は自然と目的地から外れます。

最後の1つは輪行やレンタカーで行きたいところまで移動してから、美味しいところだけを「つまみ食い」することです。

行けるところであれば、どこでも対象になりますが、時間的に半日から1日で回れる積丹半島ぐらいが調度いいです。

いろいろ、できることはあると思いますが、少しばかり思うところがあったので、摩周湖や知床峠は選択肢から外れました。

というのも、実は前日に屈斜路湖を再訪しているのです。オホーツク側の美幌は、この通りの晴天です。

ところが美幌峠で天候は一転し、屈斜路湖や太平洋側はご覧の通りの曇り空です。

ライド日和の高気圧の下でも、この曇り空なのであれば、今年の夏は台風一過を待つぐらいの日数を道東で過ごさなければ、好天は引けないのではないかと思えました。

ちなみに美幌峠は標高 493m とは思えないほど風が強く、気温も低く、樹木もエゾマツぐらいしか生育できないほど自然環境が厳しいところなので、ここだけ別世界感があります。

運良く好天時に訪れることができれば、絶景も間違いなしでしょう。

そのときは阿寒湖や知床峠も一緒に狙うことが可能なはずです。

しかし、今回はどう見ても時機ではないので、素直に道東を離脱して時機を得たところに向かいます。

さて行き先は、と。

つづく