真夏の北海道自転車旅 (7) 約束されたオホーツクブルー

ほんの偶然から訪れた網走に惹かれ、能取半島を一周してきたのは昨日のこと。

一度ぐらいは最高のコンディションのオホーツク海を眺めておくのも悪くないという考えから、贅沢に一日をつかって能取湖を一周することに決めました。

早朝に美幌峠と屈斜路湖を再訪したあとで、中途半端に残った時間を持て余したという事情もあるのですけれども…

そうしたわけで、昨日に訪れた能取岬やレイクサイドパークには立ち寄らず、卯原内からサロマ湖を目指しました。

天候は晴天、気温は 18℃、湿度は 59% とロングライドには理想的な条件が整っています。

風向きも南西 3m/s と北東の海を眺める条件としては悪くありません。これはもう絶景が約束されているのと同義です。

もうこれ以上、言葉を尽くして語る必要性なんて、どこにもないのではないかとも思いましたけれども、卯原内(うばらない)から常呂(ところ)に至るまでのサイクリングロードが素晴らしかったので、言及しないわけにはいきません。

卯原内とか常呂とか「どこだよ?」という感じで、訪れたことのある人にしか伝わらないので、一言で述べると「網走市とサロマ湖のあいだ」の地域の話です。

この地域には湖が3つありまして、西から東に面積が大きい順に並んでいます。もっとも大きなサロマ湖は日本で三番目に大きい湖沼でもありますね。

これらの3つの海跡湖の近くには全長 40km にも及ぶ自転車道(道道1087号線)が整備されていて、それ自体が一見の価値ありの快走路になっています。




その上、サイクリングロードの傍らには約 100 年前の蒸気機関車が展示保存されていたり、サンゴ草の群生地が存在したり、オホーツク海を眺められる絶景ポイントが幾つも存在します。

つくばりんりんロードよろしく、鉄道廃線跡を自転車道に転用していたりするのでしょうね。

認知度もそれなりに高いらしく、ロードバイクやミニベロで走っているサイクリストを8人ほど見かけました。

この数が多いか少ないかは分かりませんが、北海道を訪れて以来、『豚丼と摩周そばの店 くまうし』と美幌峠のほかに、これほど自転車乗りと遭遇する場所は他にありませんでしたので、十分な利用者がいると見做してもいいのではないかと個人的には思います。

ちなみにこのサイクリングロードの正式名称は『網走常呂自転車道線』と言います。

すなわち、網走から入って終点まで進んでいくと、サロマ湖の手前の常呂に辿り着くわけです。

ここまで来たらサロマ湖は目と鼻の先。「行く」以外の選択肢などありえません。

サイクリングロードの終点から耕作地の中を 8km ほど進むと栄浦という漁村があります。

そこから漁港を横断する栄浦大橋という巨大な橋を渡ると、サロマ湖とオホーツク海のあいだの半島に入れます。

栄浦の奥にはサロマ湖ワッカネイチャーセンターという施設があり、車で入れるのはここまでです。

サロマ湖がユニークなのは、自転車であれば、さらにそこから奥まで入れることです。

伊吹山ドライブウェイや蔵王ハイラインのように、最奥部は自転車通行禁止というところはそれなりにありますが、サロマ湖のように最奥部はサイクリングロードのみというのは非常に珍しいです。

というのも、ワッカ原生花園の場合は敷地が広すぎて、徒歩で散策していては何時間かかるか分からないという特殊事情によるところが大きそうです。

いったい、どこまで続いているんだよ、これ。

ネイチャーセンターにて一応は訪ねてみたところ、自家用の自転車で園内を散策しても問題なさそうでした。

一般的にはレンタサイクルを利用するらしく、中学生以上は終日 650 円で自転車を利用できます。

ロードバイクに乗られていたり、北海道をツーリングされている方には無関係かもしれませんが、園内はそれなりにアップダウンがあり、周遊するだけでも結構な運動です。

海と湖とをつなぐ開口部には橋が掛けられており、船も通過できるぐらいの高さがあります。

橋の上まで登りきると、サロマ湖の展望が開けます。

この独特の青みがサロマ湖の色です。

こちらはオホーツク海。表情が豊かですね。

開口部の橋を超えると、ほどなくして舗装路は途切れますけど、徒歩やオフロード仕様の自転車であれば(通行して良いのかはともかくとして)まだまだ先まで進めそうな雰囲気があります。

ちなみに一番大きな開口部の対岸はキャンプ場になっており、その近くまで家屋が立ち並び、居住者もいるようでした。

この辺りまでやって来ると、完全に「道北の入り口」に立っているような気分になります。

案内標識にも稚内までの距離が表示され、最寄り駅も山向こうの北見や網走よりも遠軽の方に意識が向きます。

「今日はこのまま 100km 走って、明日も 150km 走れば、稚内まで行けるのではないか」

そんな気持ちを抑えつつ、明日はどうしようかなと考えを巡らせます。

つづく

真夏の北海道自転車旅 (6) オホーツク地方の拠点都市

実際に訪れてみると網走は美しい自然にあふれる魅力的な土地でしたが、当日宿泊できる施設が見つからなくて困りました。

オホーツク総合振興局(旧網走支庁)が置かれた地域行政の中心地であり、流氷観光の滞在人口はあっても、人口およそ 3.5 万人の小さな町に大きなホテルはいくつも建てられないのかもしれません。

少し調べてみると、現在、この地域の最大の都市であり、経済の中心となっているのは網走から約 40km ほど南に位置する北見市というところで、こちらは人口 11.7 万人の立派な都市です。

東京都で例えて言うと、多摩湖の奥にある(狭山湖のさらに奥にある)瑞穂町(人口 3.2万人)と拝島駅のある昭島市(人口 11.2万人)ぐらいの違いがあります。

この経済規模のためか北見市にはビジネスホテルが充実しており、この地域の宿泊先を探しているときに非常に頼りになります。




ただ部屋数に余裕があるだけではなく、美幌峠まで 49km 、阿寒湖まで 67km 、サロマ湖まで 54km 、石北峠まで 70km 、ついでに旭川まで 156km とロケーションも理想的です。

特急『オホーツク』で札幌や旭川から乗換なしでも来れますので、阿寒摩周国立公園(阿寒湖・屈斜路湖・摩周湖)や網走国定公園(能取湖・サロマ湖)に行かれる際には、北見を拠点にされると何かと便利かも知れません。

さて、宿なし、行く当てなし、土地勘なしで網走まで北上して、引き返すことになったわけですが、往路は網走湖の東側を通ったので、復路は西側を通ります。

東側には国道と鉄路のあるのに対して、西側には「オホーツクサイクリングロード」に指定されたルートがあります。

交通量が少ないことと道幅が広くて一直線の農道が何本もあることから、サイクリングロードに指定されていない場所でも十分に走りやすいです。

肝心の自転車乗りの姿はあまり多くはありませんが。

網走湖を通り過ぎて女満別に入ると、往路と同様のアップダウンを見せつけてくれます。自転車で走ってみると女満別の起伏の激しさが良く分かります。

丘陵地帯を越えて北見に近づくと、徐々に山岳道路のような雰囲気まで帯びてきます。

地図上では平坦に見えますが、北見から周辺に出ようとすると、どこかしらで山を超えることになります。反対に北見に向かう場合にも山越えは避けては通れません。

国道39号線にはそれなりに補給地点はありますが、それ以外の道道を経由すると北見盆地の端野に至るまで 40km 近くも自販機すらないところもあり、下手な峠越えよりもよっぽど辛い思いをします。

しかも、どこもかしもヒグマの目撃情報が絶えませんので、時間配分にも気を遣うことが要求されます。

ところが山越えを終えると一転してロードサイド店が林立していますので、網走方面から走ってきて最初に北見盆地に入ったときには、少々面食らいます。

山間地に突入して峠を超えると、唐突に市街地が広がっているのが見えますので「山の中にどうしてこんなに大きな街が」というのが、偽らざる第一印象でした。

碓氷峠を越えた先にある軽井沢のように片峠になっていて、北見側だけが平坦なので、網走方面から訪れると途中経路では山間地しか見えず、より一層「山の中」の印象が強まります。

当日予約したホテルに到着して、背負っていた 10kg のリュックサックを降ろすと、何だかんだで 180km も走っていることに気がつきました。

数時間前には「200km も走れないと言っていた」のに本当に自転車乗りは嘘つきですね。

雨で湿った衣服を浴室で手洗いしてから、靴を履き替えて北見の中心市街地を散策します。街中には一目で分かるほど焼肉屋が多いです。

それでも気分的にはラーメンで絞めたかったので、雰囲気の良さそうなラーメン屋で「北見ラーメン」をいただきました。

ちなみに「北見ラーメンというジャンルはない」そうですが、「この辺りはタマネギの生産量が日本一なのでタマネギでアレンジしている」北見のラーメンとタマネギ餃子をご馳走になりました。

普通に美味しくて、これはこれで良いなと感じました。

つづく

真夏の北海道自転車旅 (5) 道東縦断のオホーツクブルー

美幌峠にて唐突に目的地も、その日の宿泊先も失い、見知らぬ土地で独りきりとなってしまった私は、取りあえず、そのまま北上して網走を目指すことに決めました。

分厚い雨雲が覆いかぶさっている知床半島よりも、青空の広がっているオホーツク海の方が素敵なことが起こりそうな予感がして、自然と気分も盛り上がります。

一方で雨雲を追いかけるようにして、当初の予定どおり『天に続く道』から知床半島に入った丹下さんも「予定は狂ってからが本番」となぜか満足気にメッセージを送ってきます。

皮肉にも単独行動に移行してから、北海道を訪れて以来の青空が広がり始めました。

思えば、苫小牧港の到着前から雨を追いかけるように北海道に、そして道東へ、摩周湖へと移動をつづけていたことから、本当に久しぶりに青空を眺めるような気がします。

そして、ほんの偶然(その日、そこだけ晴れていたこと)から、辿り着いた女満別という町が青空に映える美しい町だったことも幸運でした。

周辺の屈斜路湖や知床などと比較してしまうと、女満別には空港以外は特筆すべきものはなく、観光地化されていない普通の町に見えるのですが、いかにも「北海道に来ました」と主張しているかのような広大な耕作地と丘陵地帯が広がっていて、町そのものが絵になります。




また町自体もそのことを自覚しているかのように「美しくあろう」としている努力が随所に窺い知れて好感が持てます。

国道39号線を外れるとアップダウンも激しく、耕作地の中に突如として斜度 9% の坂が現れることもあるので、自転車で走っていると非常に楽しいです。

調子に乗って国道を外れ、未知の道道を進むうちに、いつの間にか網走市内に入ってしまったことを住所表記で知ります。

慌てて進路を修正し、GARMIN に表示された地図を頼りに網走市街を目指します。

いつの間にか国道と並走していた石北本線の踏切を越えて、網走湖畔を北上し、網走川をくだるように走り続けると、ようやく網走の市街地が見えてきました。

網走駅に到着したときには安心感と嬉しさで「もう大丈夫だ」という気分でいっぱいになりました。

関門海峡を越えたり、新幹線で小田原を通り過ぎたり、周囲の看板がスペイン語から英語に変わったりと、人によって「帰ってきたなぁ」と感じるポイントはいろいろあると思われますが、それに近い感覚を網走に着いて感じました。

冷静に考えると、このとき、まだ当日の宿泊先も決まっていませんし、雨で濡れたリュックサックの中身もそのままなので、何も大丈夫ではないのですが、網走から能取湖を一周してサロマ湖を訪れたり、特急列車に乗って旭川まで輪行したりと、いろいろと訪れてみたい場所が思い浮かんできました。

後日、「網走と聞いて明るい希望を持つのはお前だけだ」と突っ込まれることになるのですが、そう言えば、幼少の頃、家に一冊しかなかった日本の地図帳をつかって、日本語と一緒に必死に勉強したときに、網走市の位置も覚えたことを思い出しました。

網走という土地について、私が知っているのはその時に覚えたことだけです — この時までは。

網走駅を横目にさらに北を目指すと、ほどなくして灰色を帯びた水平線が目に飛び込んできました。太平洋岸の釧路からオホーツク海岸の網走まで道東縦断の完遂です。

はじめて目にするオホーツク海は、もちろん瀬戸内海とも日本海とも響灘とも異なりましたが、私にはどことなく懐かしく感じられました。

「なんだろうな」と考え続けていくと、昔に見たデンマークの海(バルト海)に似ているような気がしてきました。

網走の市街地を過ぎると、さすがに車も少なくなり、時折、通りかかる二輪車のライダーを除いては通行者もいなくなります。

彼らも本州や九州などから休暇に来ているようで、追い抜きざまにサムズアップのジェスチャーをしたり、すれ違う際に手を振ったりしてくれる人ばかりです。

こうした北海道のツーリング文化が気に入ったので、もう少し網走に滞在してみたくなりました。

しかし、困ったことには、網走にはホテルの空室が全くありません。

最寄りのホテルを探索したところ、この辺りの中心都市は北見市というところで、そこまで 40km ほど走れば、いくつもビジネスホテルがありそうな雰囲気がしました。

目的地さえ決まれば、「あとは走るだけ」なので気分も楽になってきて、本格的に北海道を楽しむ気持ちが高ぶってきました。

「予定は狂ってからが本番」というのも旅の醍醐味なのかも知れません。

つづく