屈斜路湖畔の川湯温泉にて一泊した我々は、ふたたび重たい荷物を背負って早朝5時に次の目的地を目指します。
今後の予定は川湯温泉から美幌峠を越えて、網走支庁(オホーツク地方)に入り、斜里町の『天に続く道』を経由して知床峠を訪れます。
その後は羅臼町にて宿泊し、翌日に向かう先は野付半島です。
ところが一つだけ気がかりになる点がありました。
前日もそうでしたが、この日も道東は全域が雨の予報で、とくに斜里町から知床半島にかけては激しい雨が降り注ぐことが気象レーダーからも明らかでした。
昨日も降水確率が 70% を越えているなかで「一度も降雨に遭遇しなかったのは本当に幸運だった」と心から思えるぐらいの気象条件だったのです。そもそも、出発前から台風の接近と大雨の予報が発表されていましたし。
しかし、この日に限っては、当日の早朝時点において天気が崩れることが一目瞭然であり、幸運など期待する余地もありませんでした。
そこで私は「まだ晴天の可能性があった」女満別から網走へと至る北西方面に進路を変更することを提案しました。
摩周湖畔でさえ視界 10m 以下の濃霧と強風と低温で消耗が著しかったのに、さらなる悪天候と濡れた路面まで加わった知床峠 — ヒグマの密集地帯を通過するのは危険が大きすぎるという判断です。
実際に今年はヒグマの出没が頻繁に目撃されており、私たちの訪問と同時期にも被害が出ています。
羅臼 クマが飼い犬襲撃5匹犠牲 標茶では牛被害–北海道新聞
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/334650
説得の結果、知床峠を経由することはなくなりましたが、それはそれで「何のために道東に来たのだろう」という気持ちも湧いてくるものです。
前述の通り、私は今回の旅程や走行経路には一切の口出しをしていませんので、その中で唯一興味があった知床峠に行けないのであれば、このまま輪行して道北の方に行きたいという気分が抑えられなくなってきました。
行き帰りの船賃だけで台湾行きの航空券と宿泊費に相当する金額を支払っているのに、どうして「雨が降っているところばかり」をわざわざ選んで行かなければならないのだという思いも北海道に到着して以来、ずっと燻り続けています。
「道央や道北に行っていれば最初から晴れていたのに」と。
釧路にしても自転車を見かければクラクションを鳴らして幅寄せしてくるような危険な車ばかりで、しかも本州基準で見ても交通量が多く、景観も琵琶湖や霞ヶ浦と大きく変わらないので、道東を一周した後でまた訪れたいという気持ちには一切なりません。
雨の中、美幌峠を登りながら、その思いを率直に伝えた結果、美幌峠から先は各自が別行動になりました。
雨が降っても行きたいところに行きたいという思いも分からなくはないですが、私にとっては初の北海道ライドであり、目的地よりも満足度のほうが優先度は上です。
雨天のライドに対しては沢登りの是非のように見解の相違もありましたが、私にとっては体力的な問題もありました。
当時の美幌峠の気温は GARMIN 計測でわずか 9℃ であり、天候は雨。強風が吹き付けていて、立ち止まっていると手足が震えだします。
レインカバーを掛けていたリュックサックも中身まで濡れていて、その上に極めつけは低血糖です。登った峠をまともに降れる体調ではありませんでした。
山あいの川湯温泉に早朝5時から営業している店舗があるわけもなく、持ち合わせのカロリーメイトと羊羹と自販機のコーヒーだけで屈斜路湖を半周して、雨の中、美幌峠を登りきった時点で危うく感じていました。
そのまま降れれば、美幌の市街地に辿り着けるのですが、前述のように低温と雨と強風のなか、未知の峠道を安全に降れる自信がありません。
さらに強い雨の中を 200km も走行して羅臼に行く自信も。
そこで美幌峠の道の駅の開店を待って補給を行うことを決めました。この選択をした時点で、明るいうちに羅臼まで自走することは時間的に不可能となります。
凍える思いで開店を待ち続け、ようやく口にしたザンギは暖かくて美味でした。生姜やニンニクなどが鶏肉の味を下支えしていて、唐揚げとは風味が異なります。
『きたあかり』の揚げ芋もメロンも普通に美味しかったのですが、牛肉コロッケの完成度が非常に高く、最後は全て牛肉コロッケが持っていきました。
食事中、体調を心配されたので、鏡を覗いてみると唇が青くなっていて酷い有様になっていました。
体調が回復してきたところで、羅臼の民宿にキャンセルと謝罪の連絡を入れると、暴風雨のため、野生動物が目当ての他の宿泊客も来ないので問題ないとのことでした。
こうして宿泊先もなく、行く宛もなく、見知らぬ山の中で、完全に独りきりになってしまいました。