なぜ自転車(ロードバイク)に乗らなくなるのか — どうして日本の道路は走りにくいのか

興味を持ってあれこれ調べて、一念発起して購入したはずのスポーツ自転車。

気がついたら最後に乗ったのは何週間も前のこと。自分の世界が広がる感覚が楽しくて遠出していたのは昔のこと。毎週末のように顔を合わせていたはずのライド仲間も気がついたら誰も自転車の話をしなくなっている。

とくにロードバイクでは顕著だと思われますが、クロスバイクでも、ミニベロでも思い当たるフシがある人はおられるのではないでしょうか。

ロードバイクに顕著と仮定している理由は、ロードバイクが主に車道を走る自転車だからです。

せっかく通勤や観光とスポーツを両立するために自転車を始めたのに、自転車に乗ることで却って危険な思いをして、不愉快な気持ちになり、排気ガスで不健康になり、駐輪場所を探すだけでも一苦労するのでは自転車を嫌いになっても無理はありません。

自転車に乗らなくなった人の気持ちは良く分かります。




一度、乗り始めたら最低でも一時間は拘束されますし、ツーリングに出かけるにしても専用のヘルメットやシューズ、快適性を維持するために必須のサイクリングウェアが荷物として嵩張ります。寒さや悪天候、向かい風で心が折れそうになっても、いつでもどこでも止められるわけでもありません。

でも、それより、まず第一に道路事情が悪いことが問題になります。

こう思うのは、私自身が土砂降りの雨の中を何時間も山道を走り続けたり、海外出張(それなりの長期滞在)に自転車を持参するための苦労は厭わなくても、日本のとくに関東地方の道路で自転車に乗ることには耐え難い苦痛を感じるからです。

それと矛盾するようですが、日本の道路そのものは決して悪くないと私自身は思っています。

ドイツやフランスの郊外では広い道路よりも狭い農道のほうが一般的ですし、車両通行に適さない旧市街や橋などを一方通行にして強引に車を通していることも珍しくはありません。日本であれば片側一車線になっていても良さそうな道路でも、拡幅されず、白線も引かれないことが多々あります。

米国やカナダは直線的な道路のつくりもあってか、都市部を離れると通行車両の平均速度が自転車では危険を感じるほどに高くなりがちですし、国土の広さと気候を考えるとやむを得ない気もしますが、路肩がない道路、北海道などとは比べ物にならないほど舗装が悪い道路もかなりあります。

インドネシアやベトナムなど東南アジアの道路は、基本的に歩行者の横断というものが考えられていません。車両(主に二輪車)と自転車、歩行者の通行する場所の区別が曖昧ですし、時折、逆走も見られます。

文句なしに走りやすいのは、上海など中国の(それも郊外の新しい)市街地ですが、これは車と自転車・二輪車と歩行者を完全に分離したうえで、絶大な権力を持つ警察機構が監視カメラを多用して違反者を容赦なく罰しているからです。

日本の場合は全国どこでも道路、トンネル、橋がよく整備されていますし、舗装状態も悪くありません。

では、どうしてこんなに走りにくいのかと言えば、自転車(または歩行者)と車との距離が近すぎること、車の追い抜き速度が高すぎること、違法駐車や煽り運転、横断禁止場所での歩行者の横断や信号無視、自転車の逆走や右折など遵法意識やモラルが低いこと、そして無計画に設置された信号が多すぎることなどが原因として考えられます。

結果として、車が通らない、交通量が少ない、誰も寄り付かない道路こそが良い道路という本末転倒な事態になっています。

一見するとハノイやジャカルタのような東南アジアの大都市のほうが危なそうに見えますが、実際には危険を感じる頻度は日本の道路のほうが圧倒的に多いのです。

現地を走ってみると、歩行者や対向車が飛び出してくることを想定して、いつでも止まれる低速で動き続けているので、事故に巻き込まれそうに見えて「危ない」と感じることは 1,000km あたり 5 回未満しかありませんでした。

それに対して日本の道路は、信号によって急停止と急発進を繰り返し、隙きあらば高速度で幅寄せしてくる車で溢れており、たかだか 20km 走行した時点で 10 回以上も命の危険を感じました。

路肩にいる自転車に対して威嚇目的でクラクションを鳴らす車も日本が突出して多いので、たまに日本の道路を走ると強い違和感と憤りを感じます。

これでは、しまなみ海道や霞ヶ浦といった自転車道のそばにでも住んでいない限り、自転車に乗らなくなってしまっても無理のないことです。

交通量の話をすれば、どこだって交通量は多いですし、最近になってから自転車を対象としたインフラ整備に目を向け始めたのは日本だけではありません。関東地方を例外とすれば、人口や通行車両に対して道路が狭すぎるところも日本だけが特別に多いわけではないのです。

日本の道路は自転車に向いていないという意見も耳にしますが、少なくとも私はそうは思いません。自身が他国に居住したり、滞在したりした経験から述べれば、自転車に向いた道路づくりをしている国など基本的にはありません。これは自転車大国のオランダ* であっても変わることはありません。

日本と他国とでハード面が大きく変わらないのに、これほど心象が異なるのはソフト面が大きく異なるからです。情けないことではありますが、だからこそ同時に希望も持てます。改善の余地が多大にあるからです。

しかし、現状の道路環境を維持したまま、自転車の利用振興を唱えたところで効果は限定的でしょう。好きで自転車に乗り始めた人が嫌になって辞めざるを得ない環境に目を向けない限り、自転車から人が離れていくほうが自然です。

私だって東京に縛り付けられていたら 100% 自転車を売却して、二度と乗らなくなっていたことは間違いありません†。普通に乗り続けている人は尊敬に値します。

車道走行に恐怖を感じるのは自然なことですし、毎回の点検整備や拘束時間の長さが億劫に感じるのも、駐輪場探しに苦労することに嫌気が差すのも特におかしなことではありません。自転車を辞めたくなった人を責めることはできませんし、辞めたくなったからといって恥じ入る必要はないのです。


* ベルギーについては語れるほど長く滞在したことがないので事情は分かりません。

† 幸か不幸か、私は転勤族の生まれで義務教育期間だけでも転校回数 10 回以上という環境で育ち、自転車は飛行機に載せて持ち運べるという価値観を幼児期から刷り込まれているがために、個人的な利点を見出していることが継続に繋がっています。もちろん、私は多数派には属せませんし、皆が自分と同じことをすべきとは微塵も思いませんので一般化はできません。

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