大嶼山ヒルクライム

大嶼山 (Tai Yu Shan) は香港域内で最大の面積を誇る島です。英語でも Lantau または Lantao isl という固有名がありますが、地元の人は Tai Yu Shan と呼ぶことが多い気がします。

山という名前なのに島であり、離島區に所属しながらも区内のほかの島とも雰囲気が違うという不思議な地域です。その最大の特徴は国際空港の所在地となっており、新界や九龍と高速道路や港鐵(MTR)で直接的に繋がっていることです。香港迪士尼樂園(Hong Kong Disneyland)もここにあります。

こう述べるとロードバイクで訪れる余地など微塵も無さそうに思われますが、島内の大部分はアップダウンの激しい無人地帯であり、本格的な山岳道路やハイキングトレイルが整備されています。

市街地と呼べるのは空港の入り口にあたる北岸の東涌 (Tung Chung) と東岸の梅窩 (Mui Wo)、愉景灣 (Discovery Bay) そして、西岸の大澳 (Tai O)のみであり、それらを除けば補給場所を探すのも一苦労です。

そもそも南東岸の梅窩と西岸の大澳のあいだには道路が一本しかないですし、北部の東涌と南部のあいだにも道路が一本しかありません。しかも、この道路が傾斜のきびしい山道なので、島内移動よりもフェリーで中環(Central)に向かうほうが簡単です。




そうしたわけで移動手段は今回もフェリーです。香港島の中環を出発し、東岸の梅窩までやってきました。

梅窩は船でのアクセスは良好ですが、ほかの移動手段では訪れにくい立地です。到着早々に眼前に広がる山深さも、道路の幅広さも、車両交通の多さも香港域内では珍しいユニークな光景と言えそうです。

大まかな方角と移動距離を頭のなかに入れたら、南岸では唯一の主要道路を西へと進み出します。市街地を一歩離れると 8% の登坂がはじまり、これが南大嶼郊野公園の入り口まで 2km も続いていました。

地図で見ていたときには「ヒルクライムが始まるのは島内中央部の山岳地帯」と考えていたところ、梅窩の市街地を離れた途端にこの山道です。植生と気温の高さも相まって気分は東南アジア旅行です。

実際に1月でも 22 ℃という気温と 80% の湿度もあり、走行中はマラリアなどの感染症が恐ろしくなりました。あとで調べてみると流行地域には含まれていないようでしたが、亜熱帯地域では感染リスクが常時あるので、山のなかに入る時にはいつも緊張します。

山道の登りで稼いだ標高を斜度 7.5% の坂づたいに駆け下りて、いっきに海岸沿いの貝澳(Pui O)集落を抜けると、西岸に向かう嶼南道と北岸に向かう東涌道の分岐する環状交差点が見えてきます。

そこから東涌道を見上げる光景は、なかなかに衝撃的です。

太平山(Victoria Peak)から八仙嶺(Pat Sin Leng)まで香港の山を見歩いてきた私でも「登るの?これを?マジで?」と素で言ってしまいそうになりました。

あとから調べてみると距離 2.8km にして平均斜度 10.4% というスペックでしたが、事前情報なしに登り始めたときには、斜度計が壊れたように 14% から 16% を示し続け、どこまでも終わらない登坂に頭がおかしくなりそうな気分でした。

しかも、この山道から交通量が激増します。ここが北部と南部をつなぐ唯一の道路で、観光地化されている大澳へと向かうバスが絶え間なく通り続けるからです。

きつい斜度に、狭い道幅、ひっきりなしに通り続ける大型車の列に、久しぶりに神奈川県に来たときのような気分を味わいました。ここは箱根の東海道か、湯河原の国道135号か。思わず迂回したくなりましたが、島内には他に道がないのが辛いところです。


永遠に続くかのように思われた急坂に踏みとどまり、いつ途切れるのか分からない車の列をやり過ごして、車道が空いた僅かな時間に歩を進めることを繰り返していると、突如として視界の先に離陸していく飛行機が見えました。

どうやらここが東湧峠こと伯公坳(Pak Kung Au)のようです。

ヒルクライムで初めて訪れる峠の終わりは、いつだって唐突に訪れるものですが、これは少し突然過ぎます。

あまり登りきった実感が沸かないのは、厳しい傾斜のせいか、車をやり過ごすために止まっていた時間のせいか。

自転車通行を想定された道路とは全く思えませんでしたが、この先、自転車進入禁止の看板が設置されているところを見て、ここは自転車で通れるヒルクライムルートなんだなと初めて思えました。まあ、セグメントが置かれているので、それなりに通る人はいるのでしょうが。

ここから徒歩で階段を登ってみると、たくさんのハイカーがいました トレッキングコースの入り口に繋がっていました。

この真下に勾配のおかしいバス停がありますので、ここまでバスで訪れてからハイキングに出かけることが一般的なのかも知れません。時間があったら出かけてみたいものですが、最低でも2時間ぐらいは歩かないと何処にも辿り着け無さそうだったので今回は見送ることにしました。

伯公坳を越えたら北岸まで、わずか 4km のあいだに 300m 以上も降ります。南側よりも北側のほうが傾斜は緩めですが、それでも斜度は時折 14% 以上を示します。

目の前に赤鱲角の国際空港を一望しながらのダウンヒルは、いままでに経験がなく不思議な感覚です。ここまで空港に近く、あいだに遮るものもない峠というのも珍しい気がします。

坂道をくだりきると東涌の市街地に到着します。ここまで長いようで短い旅路でした。残念ながら、大嶼山には島内一周道路はありません。今回のライドはここでお終いです。

舗装路が少なく距離が短いのでロードバイクはやや物足りないものの、未舗装路は充実しているので MTB でくると楽しいのだろうなという感想を抱きました。

なぜ自転車(ロードバイク)に乗らなくなるのか — どうして日本の道路は走りにくいのか

興味を持ってあれこれ調べて、一念発起して購入したはずのスポーツ自転車。

気がついたら最後に乗ったのは何週間も前のこと。自分の世界が広がる感覚が楽しくて遠出していたのは昔のこと。毎週末のように顔を合わせていたはずのライド仲間も気がついたら誰も自転車の話をしなくなっている。

とくにロードバイクでは顕著だと思われますが、クロスバイクでも、ミニベロでも思い当たるフシがある人はおられるのではないでしょうか。

ロードバイクに顕著と仮定している理由は、ロードバイクが主に車道を走る自転車だからです。

せっかく通勤や観光とスポーツを両立するために自転車を始めたのに、自転車に乗ることで却って危険な思いをして、不愉快な気持ちになり、排気ガスで不健康になり、駐輪場所を探すだけでも一苦労するのでは自転車を嫌いになっても無理はありません。

自転車に乗らなくなった人の気持ちは良く分かります。




一度、乗り始めたら最低でも一時間は拘束されますし、ツーリングに出かけるにしても専用のヘルメットやシューズ、快適性を維持するために必須のサイクリングウェアが荷物として嵩張ります。寒さや悪天候、向かい風で心が折れそうになっても、いつでもどこでも止められるわけでもありません。

でも、それより、まず第一に道路事情が悪いことが問題になります。

こう思うのは、私自身が土砂降りの雨の中を何時間も山道を走り続けたり、海外出張(それなりの長期滞在)に自転車を持参するための苦労は厭わなくても、日本のとくに関東地方の道路で自転車に乗ることには耐え難い苦痛を感じるからです。

それと矛盾するようですが、日本の道路そのものは決して悪くないと私自身は思っています。

ドイツやフランスの郊外では広い道路よりも狭い農道のほうが一般的ですし、車両通行に適さない旧市街や橋などを一方通行にして強引に車を通していることも珍しくはありません。日本であれば片側一車線になっていても良さそうな道路でも、拡幅されず、白線も引かれないことが多々あります。

米国やカナダは直線的な道路のつくりもあってか、都市部を離れると通行車両の平均速度が自転車では危険を感じるほどに高くなりがちですし、国土の広さと気候を考えるとやむを得ない気もしますが、路肩がない道路、北海道などとは比べ物にならないほど舗装が悪い道路もかなりあります。

インドネシアやベトナムなど東南アジアの道路は、基本的に歩行者の横断というものが考えられていません。車両(主に二輪車)と自転車、歩行者の通行する場所の区別が曖昧ですし、時折、逆走も見られます。

文句なしに走りやすいのは、上海など中国の(それも郊外の新しい)市街地ですが、これは車と自転車・二輪車と歩行者を完全に分離したうえで、絶大な権力を持つ警察機構が監視カメラを多用して違反者を容赦なく罰しているからです。

日本の場合は全国どこでも道路、トンネル、橋がよく整備されていますし、舗装状態も悪くありません。

では、どうしてこんなに走りにくいのかと言えば、自転車(または歩行者)と車との距離が近すぎること、車の追い抜き速度が高すぎること、違法駐車や煽り運転、横断禁止場所での歩行者の横断や信号無視、自転車の逆走や右折など遵法意識やモラルが低いこと、そして無計画に設置された信号が多すぎることなどが原因として考えられます。

結果として、車が通らない、交通量が少ない、誰も寄り付かない道路こそが良い道路という本末転倒な事態になっています。

一見するとハノイやジャカルタのような東南アジアの大都市のほうが危なそうに見えますが、実際には危険を感じる頻度は日本の道路のほうが圧倒的に多いのです。

現地を走ってみると、歩行者や対向車が飛び出してくることを想定して、いつでも止まれる低速で動き続けているので、事故に巻き込まれそうに見えて「危ない」と感じることは 1,000km あたり 5 回未満しかありませんでした。

それに対して日本の道路は、信号によって急停止と急発進を繰り返し、隙きあらば高速度で幅寄せしてくる車で溢れており、たかだか 20km 走行した時点で 10 回以上も命の危険を感じました。

路肩にいる自転車に対して威嚇目的でクラクションを鳴らす車も日本が突出して多いので、たまに日本の道路を走ると強い違和感と憤りを感じます。

これでは、しまなみ海道や霞ヶ浦といった自転車道のそばにでも住んでいない限り、自転車に乗らなくなってしまっても無理のないことです。

交通量の話をすれば、どこだって交通量は多いですし、最近になってから自転車を対象としたインフラ整備に目を向け始めたのは日本だけではありません。関東地方を例外とすれば、人口や通行車両に対して道路が狭すぎるところも日本だけが特別に多いわけではないのです。

日本の道路は自転車に向いていないという意見も耳にしますが、少なくとも私はそうは思いません。自身が他国に居住したり、滞在したりした経験から述べれば、自転車に向いた道路づくりをしている国など基本的にはありません。これは自転車大国のオランダ* であっても変わることはありません。

日本と他国とでハード面が大きく変わらないのに、これほど心象が異なるのはソフト面が大きく異なるからです。情けないことではありますが、だからこそ同時に希望も持てます。改善の余地が多大にあるからです。

しかし、現状の道路環境を維持したまま、自転車の利用振興を唱えたところで効果は限定的でしょう。好きで自転車に乗り始めた人が嫌になって辞めざるを得ない環境に目を向けない限り、自転車から人が離れていくほうが自然です。

私だって東京に縛り付けられていたら 100% 自転車を売却して、二度と乗らなくなっていたことは間違いありません†。普通に乗り続けている人は尊敬に値します。

車道走行に恐怖を感じるのは自然なことですし、毎回の点検整備や拘束時間の長さが億劫に感じるのも、駐輪場探しに苦労することに嫌気が差すのも特におかしなことではありません。自転車を辞めたくなった人を責めることはできませんし、辞めたくなったからといって恥じ入る必要はないのです。


* ベルギーについては語れるほど長く滞在したことがないので事情は分かりません。

† 幸か不幸か、私は転勤族の生まれで義務教育期間だけでも転校回数 10 回以上という環境で育ち、自転車は飛行機に載せて持ち運べるという価値観を幼児期から刷り込まれているがために、個人的な利点を見出していることが継続に繋がっています。もちろん、私は多数派には属せませんし、皆が自分と同じことをすべきとは微塵も思いませんので一般化はできません。

南国の島 長洲

長洲 (Cheung Chau) は香港島の南西およそ 10km に位置する小さな島です。当地では有名な観光名所らしく、到着早々に記念撮影の自撮りを行う人をあちこちで見かけるほか、12月下旬でも水着姿で市街地を歩く若い男女の姿が散見されます。

香港の英語圏ではサイクリングスポットとしても有名で、繰り返し名前を聞く機会があったため、自然と「いつか訪れてみよう」と思う場所の一つになっていました。

長洲には新渡輪 (New World First Ferry) の船で行くことができます。一番わかり易いのは香港島の中環碼頭(Central Ferry Piers)から出ているフェリーまたはジェットフォイルです。

中環碼頭とくれば、思わずここに行きたくなりますが、ここは九龍に向かう7號渡輪碼頭 (Pier No.7) なので微妙に位置が異なります。

離島地域に向かう船は、ここから少し西よりにある 1 から 5 号までの碼頭から出ています。現地を訪れてみると離島行きの『港外線』は右手側という看板がありますので、それに従っていくと間違いがありません。

中環碼頭には長洲以外にも大嶼山、馬灣、坪洲、南丫島の各島へと向かう航路が集約されており、離島観光に向かう旅行者だけでなく、中心市街地へと通う離島居住者にも利用されています。そのため時刻表には隙間なく数字が並んでおり、端の方を良く見ると定期券の値段まで書いてあります。

移動時間は長くても1時間に満たないため、チケットは現地で当日購入するか、または乗船前に八達通(Octopus)の自動改札を利用すれば事前予約は必要ありません。

注意が必要なのは自転車やペットを持ち込む場合で、先に述べたように高速船の利用が制限されます。

私が碼頭に辿り着いたときには船の姿は未だ見えず、チケットの販売も行われていませんでした。出船時刻の 10 分前になって船が到着すると、ようやく有人カウンターにも担当者が現れ、乗客は乗船位置まで移動できるようになりました。

そのまま自転車を携えて船に乗り込むと程なくして船は出航し、維多利亞港の摩天楼の合間を縫うようにして沖合を目指します。

短い船旅と頭では理解していながらも、船に乗り込む時にはいつでも非日常的な光景に胸が高鳴ります。およそ 30 分ほどの乗船を経て到着した長洲は、しかし、私の想像とは全く異なる場所でした。

事前知識もなしに初めて訪れた長洲に対する私の第一印象は「強烈な違和感」でした。

沖合からも見渡せる、丘の上まで広がる建造物、小さな湾内を埋め尽くす漁船、遠目にも見える海岸沿いの商店街と人だかり。漂う雰囲気はまるでベトナムのハノイのようです。

この「違和感」は長洲への上陸とともに確信に変わり、滞在時間が長くなるほどに確信の度合いはより強くなっていきました。

この島はサイクリングには向いていない。少なくともロードバイクで走り回るようにはできていない。




車こそ一台も見ないものの、迷路のような商店街のあいだの狭い歩道、大通りを歩く人の密度、島の端から端まで道なりでも 3.8km という距離、そのどれを取っても自転車で周遊するのに適した場所とは結びつきませんでした。

島の西岸の桂濤花園 (Scenic Garden) から天后廟 (Sai Wan Tin Hau) までのおよそ 3.3km の海沿い道路は平坦で景色も良いですが、そこを少し外れると平均斜度 13% 超の坂道や階段ばかりです。

基本的に車の通行を前提としていないこともあり、アスファルト舗装はされておらず、丘の上は「ここは自転車で通っても良いのかな」と自問しなければならないような狭くて傾斜のきつい通路しかありません。

一日あれば、無理なく島中を歩いて巡れるので、ここはハイキング目的に徒歩で訪れたほうが良いのではないかと思われました。

取り敢えず、人が疎らな北部を回っていると不思議なものを見つけました。周辺に神社があるわけではなく、この鳥居の謂れは全くの不明です。北眺亭と呼ばれる景勝地の入り口になっており、ここから徒歩で階段を登っていくと港島が一望できるビューポイントにたどり着きます。

場所が場所だけに訪れる人も他におらず、眺めは最高なのにあたりはとても静かです。

北側に進める道路がなくなったので、今度は来た道を引き返して南側へと向かいます。香港域内はどこもそうなのですが、島一周や半島一周ができるような道路は存在せず、先端部の道路はどこにも繋がらずに行き止まりになることが通常です。

長洲の場合もそれは同じ。道路がなくなったら引き返すの一択のみです。

人通りが疎らだった北側とは打って変わって、南側は丘の上まで所狭しと宅地化されていました。丘上の住宅街のほうは遮蔽物のない風通しの良さで、下町の商店街とは全く別の町のような雰囲気です。

中心部と同様に人通りは多いものの、ここにいるのは島の住人のほうが多数派で、時折、遭遇するハイカーの集団と私だけが余所者として目立っていました。

地元住民は丘の上でも構わずに自転車で移動し、思わぬところを通行するので、それを見ている私にとっては街全体があたかも自転車用の迷路のように思われて、少し愉快な気分になりました。

この光景はたしかに他のどこに行っても見られない長洲独特のものです。丘の斜面に張り付くような住宅街と緑地のあいだの僅かな通路を辿って、迷宮のような島を探検する感覚は正直、とても楽しいと思えました。

サイクリングのために長洲に行くという言う人の気持が少しだけ理解できました。しかし、それは決してロードバイクの走行速度にはならないものですし、スポーツとしてのサイクリングを行うには長洲はあまりにも狭すぎます。

長洲は自転車を目的に行く島なのではなく、長洲を目的としたときに自転車が移動手段になりうる島なのだと思われました。

Contact Us