南国の島 長洲

長洲 (Cheung Chau) は香港島の南西およそ 10km に位置する小さな島です。当地では有名な観光名所らしく、到着早々に記念撮影の自撮りを行う人をあちこちで見かけるほか、12月下旬でも水着姿で市街地を歩く若い男女の姿が散見されます。

香港の英語圏ではサイクリングスポットとしても有名で、繰り返し名前を聞く機会があったため、自然と「いつか訪れてみよう」と思う場所の一つになっていました。

長洲には新渡輪 (New World First Ferry) の船で行くことができます。一番わかり易いのは香港島の中環碼頭(Central Ferry Piers)から出ているフェリーまたはジェットフォイルです。

中環碼頭とくれば、思わずここに行きたくなりますが、ここは九龍に向かう7號渡輪碼頭 (Pier No.7) なので微妙に位置が異なります。

離島地域に向かう船は、ここから少し西よりにある 1 から 5 号までの碼頭から出ています。現地を訪れてみると離島行きの『港外線』は右手側という看板がありますので、それに従っていくと間違いがありません。

中環碼頭には長洲以外にも大嶼山、馬灣、坪洲、南丫島の各島へと向かう航路が集約されており、離島観光に向かう旅行者だけでなく、中心市街地へと通う離島居住者にも利用されています。そのため時刻表には隙間なく数字が並んでおり、端の方を良く見ると定期券の値段まで書いてあります。

移動時間は長くても1時間に満たないため、チケットは現地で当日購入するか、または乗船前に八達通(Octopus)の自動改札を利用すれば事前予約は必要ありません。

注意が必要なのは自転車やペットを持ち込む場合で、先に述べたように高速船の利用が制限されます。

私が碼頭に辿り着いたときには船の姿は未だ見えず、チケットの販売も行われていませんでした。出船時刻の 10 分前になって船が到着すると、ようやく有人カウンターにも担当者が現れ、乗客は乗船位置まで移動できるようになりました。

そのまま自転車を携えて船に乗り込むと程なくして船は出航し、維多利亞港の摩天楼の合間を縫うようにして沖合を目指します。

短い船旅と頭では理解していながらも、船に乗り込む時にはいつでも非日常的な光景に胸が高鳴ります。およそ 30 分ほどの乗船を経て到着した長洲は、しかし、私の想像とは全く異なる場所でした。

事前知識もなしに初めて訪れた長洲に対する私の第一印象は「強烈な違和感」でした。

沖合からも見渡せる、丘の上まで広がる建造物、小さな湾内を埋め尽くす漁船、遠目にも見える海岸沿いの商店街と人だかり。漂う雰囲気はまるでベトナムのハノイのようです。

この「違和感」は長洲への上陸とともに確信に変わり、滞在時間が長くなるほどに確信の度合いはより強くなっていきました。

この島はサイクリングには向いていない。少なくともロードバイクで走り回るようにはできていない。




車こそ一台も見ないものの、迷路のような商店街のあいだの狭い歩道、大通りを歩く人の密度、島の端から端まで道なりでも 3.8km という距離、そのどれを取っても自転車で周遊するのに適した場所とは結びつきませんでした。

島の西岸の桂濤花園 (Scenic Garden) から天后廟 (Sai Wan Tin Hau) までのおよそ 3.3km の海沿い道路は平坦で景色も良いですが、そこを少し外れると平均斜度 13% 超の坂道や階段ばかりです。

基本的に車の通行を前提としていないこともあり、アスファルト舗装はされておらず、丘の上は「ここは自転車で通っても良いのかな」と自問しなければならないような狭くて傾斜のきつい通路しかありません。

一日あれば、無理なく島中を歩いて巡れるので、ここはハイキング目的に徒歩で訪れたほうが良いのではないかと思われました。

取り敢えず、人が疎らな北部を回っていると不思議なものを見つけました。周辺に神社があるわけではなく、この鳥居の謂れは全くの不明です。北眺亭と呼ばれる景勝地の入り口になっており、ここから徒歩で階段を登っていくと港島が一望できるビューポイントにたどり着きます。

場所が場所だけに訪れる人も他におらず、眺めは最高なのにあたりはとても静かです。

北側に進める道路がなくなったので、今度は来た道を引き返して南側へと向かいます。香港域内はどこもそうなのですが、島一周や半島一周ができるような道路は存在せず、先端部の道路はどこにも繋がらずに行き止まりになることが通常です。

長洲の場合もそれは同じ。道路がなくなったら引き返すの一択のみです。

人通りが疎らだった北側とは打って変わって、南側は丘の上まで所狭しと宅地化されていました。丘上の住宅街のほうは遮蔽物のない風通しの良さで、下町の商店街とは全く別の町のような雰囲気です。

中心部と同様に人通りは多いものの、ここにいるのは島の住人のほうが多数派で、時折、遭遇するハイカーの集団と私だけが余所者として目立っていました。

地元住民は丘の上でも構わずに自転車で移動し、思わぬところを通行するので、それを見ている私にとっては街全体があたかも自転車用の迷路のように思われて、少し愉快な気分になりました。

この光景はたしかに他のどこに行っても見られない長洲独特のものです。丘の斜面に張り付くような住宅街と緑地のあいだの僅かな通路を辿って、迷宮のような島を探検する感覚は正直、とても楽しいと思えました。

サイクリングのために長洲に行くという言う人の気持が少しだけ理解できました。しかし、それは決してロードバイクの走行速度にはならないものですし、スポーツとしてのサイクリングを行うには長洲はあまりにも狭すぎます。

長洲は自転車を目的に行く島なのではなく、長洲を目的としたときに自転車が移動手段になりうる島なのだと思われました。

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