SPDペダルはロードバイクに最適なペダルなのか


ロードバイクに装着するペダルと言えば、SHIMANO の SPD-SL をはじめ Speedplay ZERO、TIME XPRO、Look KEO といったロードバイク向けの専用品が定番です。

一方で日本国内では MTB 向けの SPD ペダルの愛好者も少なからず存在するようです。総人口の3分の1が関東地方に集中し、世界でも他に例を見ないほど無秩序にスプロール現象が進行し、道路環境は途上国にも劣る日本におけるサイクリング事情はかなり特殊です。

10倍以上も人口が多い国の大都市に1千万以上の圧倒的な人口差をつけて、世界最大の都市に東京が君臨し続けていることこそが、その特殊性を物語っています。

そこで自転車を楽しむために重要となるのは、とくに道路環境の悪い市街地を避けて交通量の少ない山間地や河川道路へと赴くことです。こうした事情から自転車の車載や公共交通を利用した輪行など「自転車に乗っていないときのシューズの快適性」が日本では非常に重要になってきます。




現在のロードサイクリングでは当たり前となったビンディングペダルの歴史を遡ると LOOK PP65 に行き着きます。

LOOK 本社の立地するフランスの都市は旧市街から 20km も離れれば緩衝地帯や保護林に行き着きます。その先には農地が広がっており、道中で足着きする必要性はほとんどないため、長時間ペダルとシューズを固定し続けたままでも不都合はありません。

私も昔オーストリア、ドイツ、米国、香港などに住んでいましたし、出張にかこつけてインドネシアやベトナム、台湾、中国などあちこち走りに行きましたけれども、どこまでも途切れずに郊外住宅地がつづき、山村まで延々と信号機に一時停止を求められる日本の環境は日本独自のものです。

ほかの国ではまずあり得ない前提を日本では最初に考慮しなければなりません。

実際に信号機の総数、密度ともに世界最高レベル † という不名誉な研究報告まで存在します。他国の流行と切り離して日本専用装備を検討したほうが良いぐらい環境に差異があることを数々の統計が裏付けているわけです。

米国で大人気のピックアップトラックでも日本の道路環境では軽自動車の利便性に勝てないということが自転車でも起こり得るわけで、世界一スプロール化した市街地を回避するための公共交通の利用(輪行)、世界最高レベルの信号機密度による頻繁な足着き、軽車両侵入禁止の橋梁や歩道橋の階段への誘導などがペダル選択に暗い影を落とします。

はっきりと言います。日本では自転車に乗っていないときのシューズの快適性が一番重要という主張を認めざるを得ません。認めざるを得ないほど日本のサイクリング環境は特殊だからです。

降車時のシューズの快適性を突き詰めていくと辿り着くのはフラットペダルです。

実のところ、私の MTB はフラットペダル (Crankbrothers Stamp 1) で運用されています。


CRANK BROTHERSペダル スタンプ1 S ブラック 577583

これはオフロードの下りのタイトターンなどで足着きするのにフラットペダルのほうが都合が良いからというのが一番の理由ですが、これで輪行してみたところ、今までロードバイクに SPD-SL ペダルを使用していた自分は何だったのかと衝撃を受けるぐらい快適であったことは記憶に新しいところです。

とくに日本における輪行には、自転車を専用バッグに入れて手で持ち運ぶというバランスを崩しやすくて危険な規則がついて回りますので、歩きやすさというのはサイクリングシューズに重要な要素です。

ちなみに MTB で使うシューズは登山靴のようなゴツくて分厚いものが通常で、スニーカーや革靴のような軽快な SPD シューズは実はオンロード向きです。

こうした MTB シューズは SPD-SL のビンディングシューズよりも歩きやすいことは確かですが、登山用ブーツのような分厚さと硬さなので、使用している限りでは歩行のことはあまり考えられていないような印象を受けます。それでも輪行時の快適性は筆舌に尽くしがたいものでした。

しかしながら、乗っていないときのことは良いとしても、フラットペダルではどうしても雨の日にペダルが滑って踵を強打したり、後ろ足でチェーンステイを蹴飛ばしたりするという問題が避けられません。

とくに最近のディスクブレーキ対応の自転車はリアエンドを広げた影響でチェーンステイにペダリングが干渉しやすくなっています。

自転車を持って移動しているときにはフラットペダルの方が快適ですが、乗車中はペダルとシューズを固定できた方が快適です。そこで登場するのが小さなクリートを備え、ビンディングペダルを使用できる上に、ある程度の歩きやすさも考慮された SPD シューズというわけです。

MTB のフィールドでは突然トレイルが消えたり、倒木や溝に行く手を阻まれたりしますので、それ用に開発された SPD もペダリングシューズというカテゴリの中では歩きやすいというわけですね。

実際に人気があるのか、先に述べたように SHIMANO 以外のブランドから販売されている SPD シューズも多数あり、種類もサンダルやスニーカーのようなものから本格的な MTB シューズまで多様な選択肢があります。

しかし、ペダルについてはその限りではありません。

小さなクリートを固定するために大きな金具が必要となるのか、見た目に反してどれもこれも重量級です。

とくに普段から SPD-SL を使用していると、手に取った瞬間に思わず声を上げてしまうほどです。以下は 105 グレードの PD-5800 ですが SPD-SL の左右を合わせたときの重さが SPD の片方と似たような重さだったりします。

もちろん、競技志向の上位グレードになると 300g 程度に軽量化されています。


シマノ(SHIMANO) PD-M9100 SPDペダル 付属クリート/SM-SH51 IPDM9100

これなどは SPD-SL や Speedplay のように、ほぼクリートの接合部だけでペダルを回すことになります。ただし、SPD の場合、ビンディングの固定力はそれほど強くはありません。

MTB の場合、咄嗟に足着きできないと危ないので固定力の強さには良し悪しありますが、そもそもが MTB 用の SPD ペダルをロードバイクに装着して舗装路でペダルを高回転させ続けていると、それはそれで微妙な違和感を覚えます。

SPD ペダルから SPD-SL ペダルに移行された方には自明かと思われますが、SPD には SPD-SL のようにクランクと一体感を感じさせ、ペダルの存在を忘れさせるような固定力や装着性はありません

ペダルとクリートを一体化させていると言うよりも、まるで強力な磁石や粘着テープで両者を「くっつけている」ような感触を覚えます。使用感は他のビンディングペダルよりも、むしろフラットペダルに近いです。

これはこれで悪いことばかりではありませんが、「これならフラットペダルでいいのでは?」という気がしてくるのも確かです。

なぜ悪いことばかりではないのかと言うと、SPD のクリートは位置調整が難しいので、つま先の向きや位置にある程度の自由度があったほうが膝を痛める心配が少ないからです。

これならフラットペダルでいいと思われるのは、最近のフラットペダルの性能が良くなっていることもありますが、SPD シューズが割と歩きやすいとは言え、登山道の入り口まで自転車で出かけて、そこから同じ靴を履いたまま歩いて頂上を目指すような使い方をする気にはならないからです。

これ、走行中は SPD-SL などの専用シューズを使用して、降車前後 (または輪行や車載などの移動中) は軽量なランニングシューズなどに履き替えるほうが良くね?という疑問が脳裏をよぎったのは一度や二度ではありません。

だから SPD から SPD-SL や Speedplay に乗り換えた人の気持ちはよく分かる一方、SPD しか知らないのにロードサイクリングは SPD で十分、SPD が最適と豪語する人の意見は信用できないとさえ思えてしまいます。

そういう人はフラットペダルで十分と言い切れるような使い方しかしていないのではないかと。逆にフラットペダルではいけないのかと。




フラットペダルの方が軽いですし、シューズを選ばないので自転車に乗っていないときの快適性も間違いないですよ。私の MTB もフラットペダルですが普段着で靴を選ばずに乗れる気楽さはビンディングとは比較になりません。

だいたい都市部在住の人のほうが、長距離を走らない人のほうが、わざわざ雨の中を走らない人のほうが圧倒的に多いのですから、最適うんぬんを言い出すと多くの人にとってフラットペダルこそが最適解になってしまいます。

ロードサイクリングにおける SPD は乗車中のビンディングシューズとしても、歩行や運転時の移動用のシューズとしてもどちらも妥協と考えておいた方が無難です。それでも日本のサイクリング環境では、輪行による徒歩移動や信号停止による頻繁な足着きは避けられませんので、それらに一足で対応できる SPD シューズの有用性は高いです。

それ以外では SPD-SL を避けて敢えて SPD を選択する理由は、クリートの耐久性が高いことぐらいしか思い浮かびません。当然ながら SPD の本来のフィールドであるオフロードではその限りではありませんけれども。

あくまでも日本の道路という特殊環境において最善の選択肢の一つですね。そういう意味では真に日本の道路環境に適したロードサイクリング用ペダルというものは、まだ存在していないのかも知れません。


† 日本の赤信号密度「世界最高」水準、日産調べ | Logistics Today 物流ニュースサイト
https://www.logi-today.com/292151

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