真夏の北海道自転車旅 (9) 旭川から美瑛へ

北海道をツーリングされたことがある方なら、どなたでも同意して頂ける共通の体験があります。

擦れ違うバイク乗りや自転車乗りが手を振ってくれたり、コンビニで休憩中に現地の人に思わず話しかけられたり、訪れた先の峠や岬や宿泊先で知り合った人と自然と会話が始まったり、茂みの中から思わぬ野生動物が飛び出してきたり。

そんな北海道が楽しくて、わざわざ遠くから愛車を船で運び、この北の大地を訪れるのかもしれません。

自転車で北海道を訪れてみて初めてわかったことには、出会うツーリストはみな気のいい人ばかりで、誰もが何かしらの語るべきことを持っていることです。

それは船の欠航であったり、無人の山道でのパンクであったり、あるいは一晩中、寝ないで走行した体験であったりします。

しかし、道東を走る多くのライダーが口を揃えて言うことの一つには、旭川の大きな存在感と絶対的な信頼感がありました。

「旭川は最強」「困ったときは旭川に行くといい」といった言葉をどれだけ耳にしたか分からないほどです。

聞けば聞くほど、旭川の存在を無視することはできなくなっていきました。

個人的には、旭川はどうして発展したのか長らく不明でした。

日本初の近代貿易港であり本州との結節点でもあった函館、後背地に炭鉱を有していた室蘭、炭鉱に加えて北海道と樺太庁の海上輸送拠点でもあった小樽、石狩川の河口に位置し道内最大の平野と河川を抱える札幌は、地形図を見るだけで発展した理由が明白です。

ところが旭川は「何があるのか分からない」のに強烈な存在感を放つ、とても興味深い都市に見えました。




実際に北海道を訪れてみると、なるほど、開拓や国防上の都合から北海道の地理的中心に「大都市」が必要だったのかと直感的に理解できました。

旭川は大きな都市です。

もちろん本州にいたときの印象では、盛岡や宮崎、高知などと同じ規模の都市、決して小さくはないですが八王子や金沢、鹿児島ほど存在感はないと思っていました。

ところが、人口3万人でも立派な都市という北海道の基準で見ると、釧路や帯広は桁違いの大都会、旭川や函館は全国規模の都市のような印象を受けます。

実際、稚内も網走も人口3万人程度ですが、中心市街地には商店街もホテルもあり、特急列車1本で札幌、近隣の空港から直行便で東京まで行けるなど、都市機能も地域の拠点性も十分に備えています。

そうした北海道の中央にあって、旭川は大都市になることを望まれ、今日でも広域拠点としての役割を立派に果たしているからこそ、ツーリストからも圧倒的な支持を受けているのでしょう。

また旭川を除いても、上川には行きたい理由がありました。

ほかのツーリストと話しているうちに「北海道で一番お好きな場所はどこですか」と伺ってみると「美瑛」や「富良野」という回答を頂けることが少なくありませんでした。

美瑛は上川盆地の南側に位置する丘陵地帯、富良野はその美瑛のさらに南側にある盆地です。どちらも大雪山連峰がよく見える位置にあります。

旭川駅からの距離は美瑛が 25km 、中富良野が 47km と、ロードバイクで周遊するには何の問題もない距離です。

さらに両者のあいだには国道(452号線)と富良野線の鉄道が走っています。

ここであれば、何かしらの不慮の事故に遭遇しても、また接近しつつある「超大型の台風」によって帰りの船が欠航しても、大きな問題にはならないだろうという考えから目的地に決めました。

今の今まで「畑しか無いところ」「川と電線しか無いところ」「道路しか人工物のない山道」ばかり 500km 以上も走ってきたので、民家があって、気動車が走る鉄路があって、水田がある上川盆地の景色をみると別世界に来たような気分になります。

と思って油断していたら、旭川駅を出発してから僅か 7km あたりでコンビニがなくなりました。

釧路市街を出発して以来、かつて無いほど大きな市街地を通っているのに、真横の富良野線には 1km から 2km 置きに駅が存在しているにも関わらず、コンビニも営業中の飲食店も見当たらないので困りました。

始発の特急列車に乗ってきた関係で、今朝からカツサンドしか口にしていない状態です。

唯一、早朝から営業していた駅の売店で、購入できる食べ物は土産物とカツサンドしかなかったのです。

明らかにカロリー不足のまま、補給もなしに 25km も走りたくはないなと、引き返すことを真剣に考えました。

ただ上川盆地は平坦なので「美瑛まで行けば何とかなるやろ」と歩を進めていると、『麦わらぼーし』さんという雰囲気の良いお店が見えてきました。

しかも、運良く営業時間になったばかりです。

せっかくなので、ここで数量限定おすすめメニューの『すぎもとファームの豚丼』をいただきました。

ここの豚丼は肉質の良さを引き立てるような上品な味付けです。

北海道を訪れてより、豚丼ばかり口にしていますが、どこの店舗でも創意工夫が見られて、味付けは大きく違ったりします。

しかし、私の後につづいて続々と入店してきた他のお客さんは、みな大盛りカレーを注文していました。どうやら、ここは大盛りで話題の店舗だったようです。

食事を終え、すぐ近くにあったセイコーマートで補給を済ませ、川を渡り、やや長めの緩い上り坂をのぼると眼下に美瑛の町並みが見えてきました。

ここで少しばかり、やりたいことがあったのです。

つづく

真夏の北海道自転車旅 (8) さらば道東

ふとした切っ掛けから始まった真夏の北海道自転車旅も、ゆるやかに終わりを迎えつつあります。

「超大型」の台風の接近です。

あり余る資金と引き換えに時間の制約を受ける社会人として、そろそろ帰還の手段を考えなければなりません。

学生時代も毎日の研究室通いで、休暇があった記憶が微塵もありませんので、社会人になってからのほうが圧倒的に時間的に余裕ができて、身体的にも健康になっている気がしないでもありませんが。

聞いたところによると「帰りのフェリーもキャンセル待ちで、空室がなかったら函館まで移動」という綿密で一分の隙もない完璧な事前計画が用意されているため「帰りは自己責任で頑張らないと(原文ママ)」いけません。

よくよく考えてみると、行きのフェリーがキャンセル待ちだった時点で、行けるかも分からないのに、帰りのフェリーだけが確保されているわけがないですね。

そうしたわけで、ここで私ができることは大まかに3つです。




1つは滞在期間の許す限り、道東に滞在して「摩周湖ガチャ」や「知床峠ガチャ」に挑戦することです。

任意の月に連続で何日間ほど訪れれば、霧のない好天を引けるのかを概算して検証する遊びです。気象庁の過去の気象データを参照して良いものとします。

もう1つは稚内や帯広など自走で行けるところまで行くことです。

この場合、到着先からの帰還手段を考慮して、知床や根室方面は自然と目的地から外れます。

最後の1つは輪行やレンタカーで行きたいところまで移動してから、美味しいところだけを「つまみ食い」することです。

行けるところであれば、どこでも対象になりますが、時間的に半日から1日で回れる積丹半島ぐらいが調度いいです。

いろいろ、できることはあると思いますが、少しばかり思うところがあったので、摩周湖や知床峠は選択肢から外れました。

というのも、実は前日に屈斜路湖を再訪しているのです。オホーツク側の美幌は、この通りの晴天です。

ところが美幌峠で天候は一転し、屈斜路湖や太平洋側はご覧の通りの曇り空です。

ライド日和の高気圧の下でも、この曇り空なのであれば、今年の夏は台風一過を待つぐらいの日数を道東で過ごさなければ、好天は引けないのではないかと思えました。

ちなみに美幌峠は標高 493m とは思えないほど風が強く、気温も低く、樹木もエゾマツぐらいしか生育できないほど自然環境が厳しいところなので、ここだけ別世界感があります。

運良く好天時に訪れることができれば、絶景も間違いなしでしょう。

そのときは阿寒湖や知床峠も一緒に狙うことが可能なはずです。

しかし、今回はどう見ても時機ではないので、素直に道東を離脱して時機を得たところに向かいます。

さて行き先は、と。

つづく

真夏の北海道自転車旅 (7) 約束されたオホーツクブルー

ほんの偶然から訪れた網走に惹かれ、能取半島を一周してきたのは昨日のこと。

一度ぐらいは最高のコンディションのオホーツク海を眺めておくのも悪くないという考えから、贅沢に一日をつかって能取湖を一周することに決めました。

早朝に美幌峠と屈斜路湖を再訪したあとで、中途半端に残った時間を持て余したという事情もあるのですけれども…

そうしたわけで、昨日に訪れた能取岬やレイクサイドパークには立ち寄らず、卯原内からサロマ湖を目指しました。

天候は晴天、気温は 18℃、湿度は 59% とロングライドには理想的な条件が整っています。

風向きも南西 3m/s と北東の海を眺める条件としては悪くありません。これはもう絶景が約束されているのと同義です。

もうこれ以上、言葉を尽くして語る必要性なんて、どこにもないのではないかとも思いましたけれども、卯原内(うばらない)から常呂(ところ)に至るまでのサイクリングロードが素晴らしかったので、言及しないわけにはいきません。

卯原内とか常呂とか「どこだよ?」という感じで、訪れたことのある人にしか伝わらないので、一言で述べると「網走市とサロマ湖のあいだ」の地域の話です。

この地域には湖が3つありまして、西から東に面積が大きい順に並んでいます。もっとも大きなサロマ湖は日本で三番目に大きい湖沼でもありますね。

これらの3つの海跡湖の近くには全長 40km にも及ぶ自転車道(道道1087号線)が整備されていて、それ自体が一見の価値ありの快走路になっています。




その上、サイクリングロードの傍らには約 100 年前の蒸気機関車が展示保存されていたり、サンゴ草の群生地が存在したり、オホーツク海を眺められる絶景ポイントが幾つも存在します。

つくばりんりんロードよろしく、鉄道廃線跡を自転車道に転用していたりするのでしょうね。

認知度もそれなりに高いらしく、ロードバイクやミニベロで走っているサイクリストを8人ほど見かけました。

この数が多いか少ないかは分かりませんが、北海道を訪れて以来、『豚丼と摩周そばの店 くまうし』と美幌峠のほかに、これほど自転車乗りと遭遇する場所は他にありませんでしたので、十分な利用者がいると見做してもいいのではないかと個人的には思います。

ちなみにこのサイクリングロードの正式名称は『網走常呂自転車道線』と言います。

すなわち、網走から入って終点まで進んでいくと、サロマ湖の手前の常呂に辿り着くわけです。

ここまで来たらサロマ湖は目と鼻の先。「行く」以外の選択肢などありえません。

サイクリングロードの終点から耕作地の中を 8km ほど進むと栄浦という漁村があります。

そこから漁港を横断する栄浦大橋という巨大な橋を渡ると、サロマ湖とオホーツク海のあいだの半島に入れます。

栄浦の奥にはサロマ湖ワッカネイチャーセンターという施設があり、車で入れるのはここまでです。

サロマ湖がユニークなのは、自転車であれば、さらにそこから奥まで入れることです。

伊吹山ドライブウェイや蔵王ハイラインのように、最奥部は自転車通行禁止というところはそれなりにありますが、サロマ湖のように最奥部はサイクリングロードのみというのは非常に珍しいです。

というのも、ワッカ原生花園の場合は敷地が広すぎて、徒歩で散策していては何時間かかるか分からないという特殊事情によるところが大きそうです。

いったい、どこまで続いているんだよ、これ。

ネイチャーセンターにて一応は訪ねてみたところ、自家用の自転車で園内を散策しても問題なさそうでした。

一般的にはレンタサイクルを利用するらしく、中学生以上は終日 650 円で自転車を利用できます。

ロードバイクに乗られていたり、北海道をツーリングされている方には無関係かもしれませんが、園内はそれなりにアップダウンがあり、周遊するだけでも結構な運動です。

海と湖とをつなぐ開口部には橋が掛けられており、船も通過できるぐらいの高さがあります。

橋の上まで登りきると、サロマ湖の展望が開けます。

この独特の青みがサロマ湖の色です。

こちらはオホーツク海。表情が豊かですね。

開口部の橋を超えると、ほどなくして舗装路は途切れますけど、徒歩やオフロード仕様の自転車であれば(通行して良いのかはともかくとして)まだまだ先まで進めそうな雰囲気があります。

ちなみに一番大きな開口部の対岸はキャンプ場になっており、その近くまで家屋が立ち並び、居住者もいるようでした。

この辺りまでやって来ると、完全に「道北の入り口」に立っているような気分になります。

案内標識にも稚内までの距離が表示され、最寄り駅も山向こうの北見や網走よりも遠軽の方に意識が向きます。

「今日はこのまま 100km 走って、明日も 150km 走れば、稚内まで行けるのではないか」

そんな気持ちを抑えつつ、明日はどうしようかなと考えを巡らせます。

つづく

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